時 事 法 談 (78)

「理想境建設に向けた現状認識」

2006年9月5日

大館三ノ丸道院専有道場にて

合掌

 金剛禅では、「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを《という少林寺拳法(r)の基本理念を本気で追求し、平和で豊かな理想社会実現に向けて行動できる人を育て、そんな人達が協力して世界の平和と福祉に貢献しようという社会運動を金剛禅運動と称して展開しています。 そこでこのページには、人づくりの一手段として普段私が行っている稚拙な法話の一部を、金剛禅運動の一環として、浅学非才を顧みず恥ずかしながら連載して参ります。(更新は上定期) この拙話をきっかけとして、さまざまな議論が巻き起こり、平和と福祉に貢献する実効ある活動が、世界中で展開されることを心から願ってやみません。皆様のご意見ご感想をお寄せ下さい。

結手

さて、今回は「理想境建設に向けた現状認識《と題してお話します。

1、 金剛禅門信徒の生きる目的

 毎年8月になると、テレビなどのメディアで戦争の特集がありますよね。今年もたくさんやってました。私もその中のいくつかを見たり読んだりしましたが、本当にいろいろと考えさせられました。日中戦争の経緯や硫黄島での出来事など、知れば知るほど、その立場に立つ人の「質《に左右される歴史の重みを感じましたし、戦争がどれほど悲惨なものなのか、想像するだけで胸が詰まりました。
開祖は、そういう時代に人生を生きて金剛禅を創始されたんですよね。ここでもう一度考えてみたいと思います。金剛禅門信徒である我々の生きる目的は一体なんでしょうか。何を目的に生きていけば良いのでしょう。皆さんの考えをお聞かせください。(略)
私は、格好よく素敵に生きて綺麗に死ぬことが目的だと考えています。要は、みっともない生き方をしない・させない、ということです。死に方が綺麗かどうかではなく死に様が綺麗かどうかです。ぼけたり垂れ流したり、そんなことはどうでもいいことですが、生きてきた結果、人に惜しまれて死にたいですよね。自分自身は、たとえ極限状況に追い込まれたときにでも、誇り高く生きることに必死でこだわりたいと考えています。もっとも、ほんの些細なことで自分の弱さが露呈して、みっともないことをしてしまいます。こんな平時にあってもなかなか誇り高く生き続けることが実現しないんですけどね。生涯かけて修行しなければだめなんでしょうね。一方、他人に対しては、みっともない生き方をさせない、つまり、上正を許さないということです。戦争は、人をそんな落とし穴へ引きずりこみます。極限状況になれば、他人を犠牲にしてでも自分だけは助かりたいと願うのが弱い人間の性です。だから戦争は嫌なんですよね。だからこそ、誰もが余裕を持って他人の幸せをも考えて行動できるような理想境を作ろうとしているんでしょ。世のため他人のために生きる、そんな生き方を傍から見たら、きっと格好良く素敵に生きて綺麗に死んだということになるのではないでしょうか。私はそんな生き方を貫くことこそが金剛禅門信徒の生きる目的だと思っています。

2、 理想境とは何か

それでは、理想境とは何でしょう。平和で豊かな社会であると開祖は定義されましたが、平和とは安心と安全がかなう世の中でしょうし、豊かさとは、「心と物と金《の全てに対して追求されるべきものだと思います。正直者が馬鹿を見ない、支配や搾取のない社会、努力が報われなおかつ助け合い支えあう社会、そんな社会が理想境だと私は思います。

3、 世界と日本の現状

 それに対して今の世界と日本はどうでしょうか。開祖が教範で指摘された「力だけが正義であるかのような厳しい国際政治の現実《は、当時も今も全く変わりません。
世界は、基軸通貨をめぐるドルとユーロの戦いであったり、オイルやガスをめぐる利権争いであったり、生き残りを賭けた抵抗と圧迫であったり、BRICsなどの新たな勢力の台頭であったり。そのいずれもが、国益や国防あるいは抵抗という価値観から生まれた戦いです。良い悪いはともかくとして、各国各セクターはそれぞれの信念にもとづいて行動しているわけですよね。
翻って日本を見てみると、日本という国は、国益や国防あるいは抵抗という価値観がとても薄いですよね。信念がありません。そしてまた、力がありません。今まで蓄えた財の力は多少あるにせよ、それを発揮する方法を知らないですよね。だから結果的に何の力も無いのと同じことです。
昔の日本は、「そういうときにはこうするもんだ《とか、「ああしなければいけない《、「こうしちゃいけない《などと言いながら、親から子へ子から孫へと形を学ばせ、その中から心を伝えてきました。科学よりも経験と調和が重んじられてきたわけです。ところが今は、アメリカナイズされた結果、その大切な文化である経験を捨てて科学一辺倒になりました。形を伝えることをやめた結果、先人の知恵や技はおろか、子供たちは簡単な掃除の仕方すらも知らないのです。アメリカは、宗教というコアを個人が持った上で科学を追及していますから、神の示される方向に向かって科学を活用し新たな技術を生み出してきています。けれども最近の日本は、宗教も価値観も無く、ただアメリカに同調するばかりでしたから、科学を方向付けることができず右往左往しているというのが現状ではないでしょうか。 個性を変に尊重しすぎたことによって心も捨ててしまいました。子供たちの信じられないような事件は、心を育てることを忘れてしまったからではないでしょうか。人間の霊性であるダーマは、磨かなければ光らないものです。わがままを個性として尊重すれば、まともな人間に育つはずがありません。心も無く、伝承された技も無い、だから信念も力もないそんな国になってしまったのではないでしょうか。
これが日本人の現実だとすれば、少林寺拳法も例外ではないかもしれません。科学を追及しながらも、心と形を重んじる本来のあり方を逸脱しないように、心しなければなりませんね。

4、 予測されるシナリオ

 日本の近未来はどのように予測されているのでしょう。ある種のシナリオでは国家破綻が叫ばれ、もう一方ではアメリカへの追従で繁栄を極めるといわれています。今からお話しするのは極端な説ですが、このプラスとマイナスの範囲にボラティリティーがあると考える必要があります。
国家破綻のシナリオはいろいろありますが、たとえばこんなことです。少子高齢社会はどんどん進み、労働人口が減少してGDPが大きく落ち込みます。年金原資も小さくなる中、高齢者の受給金額も減り貯蓄を取り崩して生活せざるを得ません。国民の貯蓄額は向こう5年から10年で底をつき借金で生活せざるを得ない状況になるといいます。政府に金を貸す人がいなくなり、国債を外国人に買ってもらうしかなくなります。そのとき国家のリスクプレミアムは限りなく上がり、大幅な金利の上昇が起こります。利払いができなくなった政府は、最後の手段に出ます。日銀券の大量発行です。それが元でハイパーインフレが起こり、国家が破綻するというシナリオです。ちなみにアメリカは、今どんどん紙幣を印刷しています。でも、アメリカと日本が違うのは、リスクプレミアムの差なのです。ドルが基軸通貨である限りはアメリカが破綻する恐れはきわめて低いため、どんどん紙幣を印刷しても無制限に金利が跳ね上がることはありません。そのためアメリカがハイパーインフレを起こして破綻する可能性はきわめて低くなるのです。 破綻する可能性が低いのですから、リスクプレミアムも当然小さくなります。アメリカがドルの基軸通貨を死守する理由はここにあります。
話を元に戻します。この破綻シナリオの対極にあるのは、日本は敗戦以降アメリカの合理的な戦略にのってアメリカのために儲けてきた。過去にはモノを作るアメリカの工場として、そして最近ではアメリカの金融市場に資金を供給するマーケットとして。だから今までどおりに、アメリカの良い出先機関として努力していけば、今後もアメリカとともに繁栄する。そういうシナリオを描く人もいます。
ただ、ここで考えなければならないのは、ハイパーインフレを起こして破綻するかアメリカに追従してアメリカとともに繁栄するかは、どちらも可能性のある話ですから平均をとってみれば適度に繁栄することが期待できるのかもしれませんが、もし仮にアメリカと距離を置くようになれば、破綻に向かう可能性のほうが高くなってしまうということです。アメリカと一線を画した国家運営をするのならば、日本が日本の行く末を自分で考えることが絶対に必要なのです。戦後60年ですから、そろそろ日本も大人にならなければならないですよね。もちろん、アメリカと運命共同体を続けるのであっても同じことです。何も考えないで御上の言われるままに、アメリカの言われるままに生きるのでは、あまりにも情けないですよね。

5、 我々は如何に生きるべきか

 開祖は、「日本人をして世界の他の民族から尊敬と信頼を得る民族《にもう一度育てたいと志を抱かれました。
 世界の常識では、国益や国防あるいは抵抗ということに信念を持って合理的に国家運営を行っています。おそらく他国と対等の外交をしようとする国は、どこでもそう考えていることでしょう。ただ日本という国は例外です。世界の常識を身につけた立派な大人に成長できていない日本だけは、その思いがとても弱いわけです。でも、これは決してマイナス面ばかりではないと私は考えています。国益重視ではなく自他共楽を目指す外交。日本が本気でそういう外交を行ったら、日本民族は、世界の他の民族から尊敬と信頼を受けることができるようになるのではないでしょうか。そうやって平和で豊かな理想境を作ることができるのではないでしょうか。国益最優先で世界を制覇したアメリカが、あれだけ世界中で嫌われているのは、その一つの証左かもしれません。
 破綻させずに信頼と尊敬を得られる国にするには、私たち一人ひとりが本気で取り組んでいくしかありません。それぞれが何をなすべきか考えて、ダーマ信仰をもとに、科学と技を心でつないで、理想境建設に邁進しましょう。私たち自身が、将来の日本の行く末に責任を持たなければならないのですから。いっしょに格好良く素敵に生きて綺麗に死にましょうよ、・・・ね。

以上

 なお、このWEBサイトは、当道院平泉雅章拳士の企画製作により運営されています。この場を借りて感謝を申し述べます。

(宗)金剛禅総本山少林寺大館三ノ丸道院

道院長   小 林 佳 久

 ご意見・ご感想は大館三ノ丸道院長、または大館三ノ丸支部ホームページの「拳士のひろば《へお願いします。