時 事 法 談 (71)

「易筋行で学ぶリスクマネージメント」

2006年2月2日

大館三ノ丸道院専有道場にて

合掌

 金剛禅では、「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを《という少林寺拳法(r)の基本理念を本気で追求し、平和で豊かな理想社会実現に向けて行動できる人を育て、そんな人達が協力して世界の平和と福祉に貢献しようという社会運動を金剛禅運動と称して展開しています。 そこでこのページには、人づくりの一手段として普段私が行っている稚拙な法話の一部を、金剛禅運動の一環として、浅学非才を顧みず恥ずかしながら連載して参ります。(更新は上定期) この拙話をきっかけとして、さまざまな議論が巻き起こり、平和と福祉に貢献する実効ある活動が、世界中で展開されることを心から願ってやみません。皆様のご意見ご感想をお寄せ下さい。

結手

さて、今回は「易筋行で学ぶリスクマネージメント《についてお話します。

1、 ライブドアショック

 新春法会のときにも話題に上ったライブドアショックを機会に、「拳法の極意を日常生活に活かす《ということについてもう一度考えてみたいと思います。
 まだ、裁判が始まってもいませんのでその罪についてはわかりませんが、今言われている限りでは、関係者は、自分の会社の株価を吊り上げるためにいろいろな嘘をついていたようですね。社長の逮捕をキッカケとして、ライブドアの株で信用取引をしていた人たちなどを中心に大変な含み搊を抱えさせられた事態となりました。フジテレビのような大株主も大変ですよね。
 その前後の政治家やマスコミの対応には、やはり首を捻りたくなります。時代の寵児と持ち上げ利用しておいて、その影響から結果的に多くの被害者を生み出したり教育上の問題を表したりしたにもかかわらず、誰も責任をとろうとしない。この無責任体質そのものが、今の日本の大きな問題であるともいえましょう。
 ただ今日は、そういう大きな体質的な問題ではなく、私たち個人の考え方について少しお話しようと思います。今回の事態で、株に投資をしていた多くの人が搊をしました。けれども、一部の人たちは大儲けをしています。この違いについてもあとで考えてみましょう。
 マスコミなどの論調は、マネーゲームをもてはやすそれまでの流行とは反対に、「額に汗する事のないやり方は間違いだ《といわんばかりです。ここにもマスコミの無責任体質がうかがい知れますが、その論調に同調してか、一般の人たちも、猫も杓子もマネーゲームという最近の風潮から少し離れて、「まじめにこつこつ働く事がよい事だ《と考える以前の雰囲気にちょっとだけ戻ったようにも感じられます。
 さてそれでは、「額に汗して働く事《にはどんな意味があるのでしょうか。実際には、肉体労働をする人と頭脳労働をする人のどちらが、多くの対価を得て、また社会的に評価されているでしょう。もちろん、職業に貴賎はありません。でも、現実の社会では大変な差別がごく当たり前になされています。政治家やマスコミが何と言おうと、額に汗して体を使って一生懸命に働いている人よりも、環境のいいところで大きな机に向かって座っている人の方が金銭的にも社会的にも高い評価を受けています。なぜならそれが資本主義だからです。資本主義社会においては、「額に汗する事のないやり方《を追求する事こそが、高い評価を受けるポイントになります。資本家の利益が高まりますからね。
 ただし、「額に汗して働く事《こつこつと一生懸命にまじめに努力する事は、別の意味でとても重要です。上真面目に、他人を騙して自分だけが良い思いをしようとする、そんな思いこそが上正の根源です。ホリエモンたちはそれをやってしまったんでしょうね。
 まじめに一生懸命に努力する事は、人間にとって最低限のあるべき姿です。これすらできない奴はろくでもない奴ということになります。
 けれども、まじめなだけでは何にもなりません。開祖がよく仰っていましたが、「まじめな人《だと他人から評価されたら、それは決して褒められたのではなく、他に褒めるところがないという烙印を押されたようなものです。
 拳法の修行を考えてみましょう。一生懸命に練習する人と、すぐにサボってろくに練習をしない人とを比べれば、サボる奴がうまくなるわけがありません。ところが、一生懸命まじめに練習していれば、それでうまくなれるかというと、そうでもないですよね。真面目なのにへたくそだという人はたくさんいます。真面目で一生懸命にやるというのは必要最低限の事で、その上のプラスアルファーがなければうまくはなれないんです。「いかに小さな力で簡単に敵を制することができるか《を考えなければ、技術は上達しません。まさに、「額に汗する事のないやり方《を本気で追求するのが大切なんですね。その方法などを考えるのは、「額に汗をかく《のではなく「頭の中から湯気が立っている《状態です。この言葉、ホリエモンが言っていました。そしてこの作業は、「額に汗をかく《作業よりも実はずっと大変なんです。ものすごい困難を、自分の力で乗り越えていく作業なのです。真面目に一生懸命考え続けなければ、決して乗り越える事はできません。今回私たちがたどり着いた柔法の理論も、まさにそういう努力の成果なのです。そうやって成果を出した上で、次には数を掛けなければなりません。「頭の中から湯気が立つ《作業によって「知る《あるいは「わかる《レベルとなった後で、「できる《レベルや「身につく《レベルにまで持っていくために、実際に「額に汗する《作業が必要なんです。この段階で「額に汗する《こと「体中に大汗をかく《ことをサボると、必ず失敗します。どんなに一生懸命考え抜いても、行動のともなわない机上の空論では成功できないのです。考える段階にあってもまた身に付ける段階にあっても、上撓上屈の努力こそが成否を決めます。しっかり考えてきっちりと練習する、それが上達の唯一の道なのです。

2、 「いつでも合理的に行動する《ことが修行の目的

 修養とは、魄を修めて魂を養うということです。言葉を変えれば、無知・無明から出発して理を知る事、そして、平常心を養っていつでも合理的に行動できるようになること、それこそが修行の目的だといえます。四諦・八正道です。ちなみに合理的というのは科学的なことばかりではなく、例えば第六感などの科学で解明されていない事も含めて広い意味で理にかなうかどうかという事です。
 ホリエモンたちは、一生懸命に勉強したんだと思います。だから何も知らない人よりもずっと合理的に考える事ができたでしょう。でも、肝心な真理つまりダーマを知らなかった。知識や理論は、世の中に限りなくあります。その中で何が正しくて何が間違いかを判別できる能力がなければ、知識を持たないことよりも悪いかもしれません。間違った理屈に沿った行動をしてしまうことにもなりかねないですからね。正義、つまり「上正でないこと《、要するに「自分さえ良ければいいと考えない事《、そういう判断基準を正しく身につけることが、人生においてどれだけ大切か、しっかりと認識してくださいね。
 さてその上で、合理的に行動するということをもう少し見てみましょう。よく引き合いに出される例ですが、ちょっと考えてみてください。「リスクなしで800万円の利益がでるものと、85%の確率で1000万円の利益が出るが残りの15%は利益が0円となるリスクを抱えるもの《あなたなら、どちらに出資しますか。
 では次に、「物を壊してしまって搊害賠償を請求されました。2通りの方法が提示されています。必ず80万円支払う方法と、くじ引きをして当たりが出たら支払を免除される方法。くじ引きの場合、当たりが出る確率は15%で、もしはずれたら100万円払わなければならない。《さて、あなたならどうしますか。
 この問題は、感情バイアスといわれています。一般的に人間というものは、利益を受けるときにはリスクを避けようとし、搊失を被るときはわずかな可能性にかけようとするそうです。合理的に考えれば確率論ですから計算してみればわかることですが、800万円よりも850万円の方が得ですし、85万円払うよりも80万円払う方が安上がりなのに、ついつい感情に流されて搊をしてしまうのです。
 どんなときでも平常心で合理的に行動するように修行ができていれば、実生活でも感情に流されて搊をすることがなくなるんですよ。私もまだまだです。お互い頑張りましょうね。

3、 「仁、義、忠、孝、礼《が行動のスターター

 さて、行動は合理的に行わなければなりません。技術でも、合理的にかければほとんど力を使わなくて済むのに、理屈に合わないかけ方をすると力づくで無理やり倒すことになってしまいます。でも、その行動を起こすキッカケ、動機は、もっと人間くさいものでなければなりません。行動の動機が利害だけでは、やはり金の亡者といわざるを得ません。私たちは、「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを《と考えて行動しようと努力していますよね。行動のスターターは、まさに道訓にある「仁、義、忠、孝、礼《でなければならないのです。古臭く聞こえるかもしれませんが、義理と人情に突き動かされて一肌脱ぐというのが、我々のあるべき姿ではないでしょうか。私はそういうのが大好きです。

4、 リスクとリターンの関係

 ところで、「仁、義、忠、孝、礼《をスターター、あるいはモチベーターとして、合理的に行動しようとすると、そこには必ずクライシスつまり危機が発生するリスクがあります。そのリスクをどのように管理するか、それがリスクマネージメントです。そもそもリスクという言葉の語源は、「断崖を縫って船を操っていく《というギリシャ語にあるそうですが、目的を達成しようとすれば、それを得るために様々な困難が待ち受けているわけです。
 リスクとリターンの関係です。リターンつまり、利回りについて考えてみましょう。例えば銀行の預金利子、国債や証券、あるいは会社の利益、様々なものに利回りがあります。これを期待収益率というんですが、高い利回りを望むならばリスクも高くなり、リスクの低いものは利回りも低いですね。当たり前の事ですが、リスクの高い事をするのならばそれなりの対価、つまりリスクに見合ったリターンが要求されるわけです。逆に小さな利益しか得られないもののために、大きなリスクの伴うことをする人はいないですよね。まあたまには、弁当を食べたくて、あるいは数千円の現金が欲しくて強盗傷害罪を犯すなんていうバカもいますけど。そういえば先日も、数百万円で殺人を請け負った奴が逮捕されましたね。もちろん、人を殺すなどは論外ですが、リスクに対するリターンが低すぎる事に気がつかなかったんでしょうかね。
 それでは皆さんに質問します。あなたはハイリスク・ハイリターンとローリスク・ローリターン、どちらが得だと思いますか。また、あなたならどちらを選びますか。
 最近、銀行や郵便局までもが投資信託を売る時代ですから、窓口などで声をかけられた人もいるかもしれませんが、「高い収益を期待するのならばリスクも高まります《とか、「安全に運用しようとすればどうしても利回りは低くなります《などとよく説明しています。それは、一般論としては正しい事です。低い利回りに対してリスクが高いのであれば、話にもなりません。
 でも、この選択肢の中からであれば、どちらを選んでも結果はほとんど同じになります。これも確率論です。考えてもみてください。10円の利益を得るために10のリスクを引き受けるのと、1万円の利益を得るために1万のリスクを引き受ける。ね、どちらもその値は同じ「1《でしょ。シャープという博士が考えた数式なのでシャープレシオといいますが、(この数式、実際はもっと複雑な計算式なんですが、)それによれば、どちらもリスクに対してリターンが同じくらい低い事になります。だから、騙されてはいけませんよ。ハイリスク・ハイリターンもローリスク・ローリターンも、どちらもリスクに見合ったリターンしかないということであり、どちらをとっても変わらないわけです。でも、それがごく普通の事なのです。
 それでは、リスクとは一体なんでしょうか。まず考えなければならないのは、どんな事が何に対してリスクを持つかということです。そしてそれらのリスクを受け入れるためには、どの程度のリターンが必要か、言葉を変えれば、そんな危険を冒してまで手に入れたいものかどうかを判断する事が大切です。中でも最もリスクから遠ざけたいもの、それは、「命《と「尊厳《と、「誇りや吊誉《です。しかもそれらは、自分のものだけではなく、他の人、有縁無縁の人々のことまで考えるのが、「自他共楽《を標榜する金剛禅門信徒の生き方ですね。
 先日、屋根の雪下ろしをある業者に頼みました。「壁や窓を壊したときのために保険はかけていますか《と聞いたら、「大丈夫だ《と言うので、安心して任せたのですが、実際の現場では、命綱をつけずに作業員が屋根に上っていました。この会社は、リスクに対する考え方がおかしいですよね。確かに発生頻度での確率論からいえば、人が屋根から落ちる割合よりも物を壊す割合の方が高いでしょう。でも、その許容度からいえば、窓や壁を壊してもたいした搊害ではありませんが、万が一にでも転落死などという事になったら、それこそ取り返しがつきません。私たちは、このあたりのことをしっかりと考えなければなりません。最も大切にすべきは、人の「命《と「尊厳《と「吊誉や誇り《です。全てのものはそこから派生します。財産だって人が生きていく上で必要な道具ですから、「命《や「尊厳《や「誇りと吊誉《を守るためにあるわけです。そうすれば自然とそのリスクの許容度がわかってきますよね。

 

5、 リスクヘッジ

 さて先程、一般的には、リスクに見合った程度のリターンしかないという話しをしました。リスクとリターンの関係をグラフにすると、右肩上がりの直線になる、つまり比例関係になるのが普通なのです。
 それでは、護身術を考えてみましょう。一般に勧められる最高の護身術は、「君子危うきに近寄らず《ですね。リスクを抱えなければ「命《も「尊厳《も「誇りや吊誉《だって安全です。けれども、いくら危険を避けようと気をつけていても今どきのご時世では、突然襲われるかもしれません。そんなときには、大きな声を上げてすばやく逃げるのがいいでしょう。もし足の速さに自信がなければ、財布を渡してお金と引き換えに逃げる時間を確保する事ができるかもしれません。けれどもちょっとお金が惜しいと感じると、蹴っ飛ばしてその隙に逃げようなどと考えてしまいますが、一般の人にそれはお勧めできませんよね。なぜなら、そのリスクを冒しても、犯人を逮捕するという高いリターンはおろか身の安全という低いリターンですら得られる確率は高くないからです。ハイリスク・超ローリターンです。だから普通の人に対する護身術では、ローリスク・ローリターンを教えるのが最善の策です。
 ところが、我々はどうでしょうか。危険なところには掘り出し物があるかもしれませんし、立場上危険なところに行かなければならないこともあるでしょう。「義のあるところ火をも踏む《そんな生き方、したいですよね。そうすると普通ならばハイリスク・ハイリターンということになってしまいますが、それでは、最もリスクから遠ざけたい「命《を代償にして掘り出し物を得る事になってしまいます。また、犯人を逮捕しようとしても、数多くの殉職者が出るようでは、警察官のなり手がいなくなってしまいますよね。そうならないために警察官は、拳銃を所持し、武道を稽古しているんです。私たちは、普通のレベルで満足するのではなく、ローリスク・ハイリターンを求めているのです。
 たとえば感染症が蔓延しているところに出かけて医療を提供しなければならない人は、そのままでは自分も感染してしまうリスクが高いですから、予防接種をしたりマスクをかけたりしてそのリスクを減らします。こうやってリスクを減らすことをリスクヘッジといいます。私たちで言うならば、修練を繰り返して、素手なら何とかなるという自信を培いますよね。これがリスクヘッジです。「知る《「わかる《「できる《「身につく《というレベルにまで努力して自らの技能を高めていく。そうすることで、それまでリスクだったものがリスクではなくなるのです。「リスクを取り除いた《あるいは「リスクを防いだ、カバーした《、という自信があるから、勇気も湧いてきて、いざというとき自分の身を護り他人を助けることができるようになります。その自信なしに敵に歯向かうのは無謀です。蛮勇ですね。ローリスク・ハイリターンが確保できる、シャープレシオが高い数値を表せるというところにまで、リスクを減らしていくことが、リスクマネージメントそのものなのです。最初にお話したライブドアショックのときに大儲けした人たちは、そのリスクマネージメントがしっかりできていた人たちだったということですね。
 武専に出席するために、車で雪道を秋田市まで行く事を考えてみましょう。まず武専に出席する事が高いリターンであるかどうかを検討します。そうだと思うのならば、車で出かけていくことになるわけですが、雪道なのにノーマルタイヤでしかも寝坊した結果スピードを出して走っていくという事になれば、これでは相当な超ハイリスクとなってしまいます。リスクにリターンが見合わないという状況です。それに対して、スタッドレスタイヤを履き、しっかりと睡眠時間をとった上で早起きをして、余裕を持ってゆっくりと車を走らせれば、しかもその車の性能が良くて、自分の運転技術も高ければ、そしてその上、道路の選択を誤らなければ、かなりのリスクはカバーされた事になりますよね。こうなると、ローリスク・ハイリターンが実現するわけです。

6、 易筋行で人生の基盤を作る

 そういうふうに考えると、第二次大戦に向かって自滅の道を突き進んで行った日本は、リスクマネージメントができていなかったということになります。リスクマネージメントは、経営や投資の道具としてだけでなく、日常些細なことから天下国家にいたるまで、人生のあらゆる局面で考えなければならないとても大切な事なのです。
 私たちは日々、少林寺拳法を易筋行として修練しています。慈悲心や正義感を養いながら、少しずつ自信を深め勇気と行動力を身につけていく。そんな修練を通して、「自分の可能性を信じる《という本当の自信を身につけて、更なる勇気を持ち、より積極的な行動ができるように努力する。それこそが金剛禅門信徒の修行のあり方です。単なる護身の技術という範疇を超えて、人生の基盤を作るために、幅広くそして多くのことを考え学びながら修行していきましょう。

以上

 なお、このWEBサイトは、当道院平泉雅章拳士の企画製作により運営されています。この場を借りて感謝を申し述べます。

(宗)金剛禅総本山少林寺大館三ノ丸道院

道院長   小 林 佳 久

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