時 事 法 談 (49)

「コミュニケーションについて」

2004年4月6日

大館三ノ丸道院専有道場にて

合掌

 金剛禅では、「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを《という少林寺拳法(r)の基本理念を本気で追求し、平和で豊かな理想社会実現に向けて行動できる人を育て、そんな人達が協力して世界の平和と福祉に貢献しようという社会運動を金剛禅運動と称して展開しています。
 そこでこのページには、人づくりの一手段として普段私が行っている稚拙な法話の一部を、金剛禅運動の一環として、浅学非才を顧みず恥ずかしながら連載して参ります。(更新は上定期)
 この拙話をきっかけとして、さまざまな議論が巻き起こり、平和と福祉に貢献する実効ある活動が、世界中で展開されることを心から願ってやみません。皆様のご意見ご感想をお寄せ下さい。

結手

さて、今回は「コミュニケーションについて《お話します。

1、 旅行雑感

 先週、久しぶりの休みを頂いて、海辺でのんびりと過ごさせていただきました。幹部をはじめ、一般拳士の皆さんには、本当にお世話になりました。ありがとうございました。泳げもしないのに、ハリウッド映画の「ザ・ビーチ《でロケ先になったピピという島の海に浸かってきました。この世のものとは思えないほど素晴らしいところでしたよ。是非皆さんにもお勧めします。

2、 口より手が早い

 今回の旅行では、子供たちの自立に向けて少し細工をしたのですが、そんなことはお構いなしで、よく兄弟げんかをしていました。どんな細工をしたかといいますと、以前、国内線で兄弟二人だけの旅行を経験させたことがあったので、今回は国際線で、私たち親とは違うキャビンに乗せて、一人旅感覚を味合わせてみたのです。まあ、飛行機の中では兄が妹の面倒を見たり、外国人の友達を作ったりと、なかなか良い感じで過ごしてくれたらしいのですが、親と一緒になると、とたんに兄弟げんかが始まるのです。普段、あまり子供たちの様子を見る機会がないので、じっくりと観察していたのですが、気をつけて見ていると、けんかの原因はほとんどの場合、「口より手が早い《ということでした。たとえば、ゲーム機を「ちょっと貸して《「いいよ《という会話をしないまま突然ひったくるようにして、けんかが始まるわけです。

3、 当たり前のことが言えない日本人

 以前、オーストラリアだったか、現地の子供たちと公園で遊んだ機会があったのですが、そのときその国の子供たちが、とても大人に見えたことを思い出しました。ちょっとぶつかったら、すぐに「エクスキューズ・ミー《、誰かの間を通るときにも、「エクスキューズ・ミー《、そういった具合に自分のことばかりでなく相手を思いやる態度、とても紳士的淑女的なんです。何も言わずに、いきなり行動を起こし、それに対してすぐにむっとして「なんだよー《と言うのとは、まるで対照的に感じました。
今回も成田に着いてから少し時間があったので空港のそばにある航空博物館に行ってみたのですが、そこにいた日本の子供たちは、やはり、他人を無言で押しのけ、割り込む、それを見ている親も注意すらしない。そんな寂しい状況を見せ付けられました。

4、 あるフライト・アテンダント

 飛行機の中でこんなこともありました。子供たちのいるキャビンを担当しているフライト・アテンダントがドカドカとやってきて、「小林様ですね。お二人のどちらかがお子様と座席を交代していただくことはできませんか。《と突然、慇懃無礼な態度で、要求してきたんです。実はそれ以前に、少しでも早く降りて航空博物館へ連れて行きたかったので、飛行機がタッチダウンしたら、子供たちをこちらのキャビンに連れて来てもらえないかと別のクルーにリクエストしていました。そのリクエストをかなえるための提案をしているのかと思ったので、彼女に、「子供たちには、一人旅感覚を味合わせたくてわざわざ別のキャビンを予約したので、そのままにして欲しい。お気遣いありがとう。《と伝えました。
 ところが彼女は、「いえ、私が申し上げているのは、そういうことではなくて、命に関わることなので、いざという時に、お子様の面倒を見ていただきたいから、お子様とご一緒にいていただきたいのです。《と、これまた無礼な口調でした。予約の時点で、こちらの意向を伝えたら、「当社には一人旅のプログラムもあるのでご安心下さい。《とオペレーターが快諾してくれていたのにです。カチンときましたが、平常心を保って、「それは、御社の、子供の一人旅に関するポリシーとは違うようですが、会社の方針ですか、それともあなたのご意見ですか。私は、私たちのリスクも責任も理解していますよ。《と話したら、結局彼女は「わかりました《と自分の持ち場に戻って行きました。無償の愛である奉仕の精神や態度、そして、どんな言葉で他人と接するべきなのか、彼女からは、とてもいい勉強をさせてもらいました。

5、 コミュニケーション能力で決まるその人の評価

 どれだけ素晴らしい関係を他人との間で結ぶことができるかによって、その人の幸せが決まります。そして、そんな縁を築くためには、他人から信頼されなければなりません。信頼を得るためには、信頼に値する生き方を続けるだけでなく、正しく評価されなければなりません。どんなに相手のことを思っていても、それを言葉や態度に現さなければ、決して伝わらないのです。
 下の子供が、船の中に筆箱を忘れてきました。その筆箱が、遊んでいた甲板で床に落ちたことを上の子供は知っていました。ところが、「遊び終わったら拾うだろうと思って《何も言わずに船をおりました。それから数時間後、「筆箱がない《と下の子供が騒ぎ出し、上の子供は、「拾ってこなかったの?《と責めるのです。「落ちていたけど、知っていると思って何も言わなかった。《どんなに思っていても、言葉や行動を通したコミュニケーションが成立しなければ、何の意味もありませんね。そのあと、下の子供がどれだけ悲しがっていたかご想像いただけますよね。

6、 魅力(「徳《)のある人

 中国の「貞観政要《などでは、徳のある人間を「九徳《として次のように定義しています。
一、 寛容で厳慄
二、 和柔で廚立
三、 謹愿で供辨
四、 治理で敬慎
五、 従順で果敢
六、 正直で温和
七、 簡約で廉正
八、 剛毅で塞淵
九、 彊力で義善
 ただ、これらを実践するのは、とても大変なことです。けれどもコミュニケーション能力を高めることで、自然に人間的魅力がついてくるのではないでしょうか。コミュニケーション能力がなければ、何も伝わらないのですから、無償の奉仕という愛と、それを伝えるコミュニケーション能力という力が合わさって、徳が養われるのだと思います。そんな生き方を続けていくことで、結果的に九徳も徐々に身についていくのだと私は考えています。

7、 理想境建設

 金剛禅門信徒にとって、究極の目的は、人間の心の改造によってこの世に理想の楽土を建設することです。そのためには、一人一人の人間関係において、信頼に基づいた絆が広がっていくことが絶対に必要です。自分自身の幸せと理想境建設のために、信頼に値するリーダーになりましょう。

8、 拳士(リーダー)としての正しい言葉と態度

 コミュニケーション能力は、言葉と態度で決まります。拳士として、リーダーとしての正しい言葉と態度を身につけましょう。
まずは、挨拶、返事、お礼、お詫び、正しい言葉遣いといった、ごく基本的なことを身につけなければいけません。意識せずに言葉が出るまで、法形の稽古と同じように繰り返し繰り返し日々練習していくことが肝心です。
その上で、魅力ある指導者として絶対に必要なスキルを身につけましょう。ほめること、しかること。そして、人を動かすこと。これらの高度な言葉を身につけることで、初めて人望が生まれてくるのです。英語の習得と同じ要領で練習していくことが大切です。少林寺拳法の技術修得と同じ過程で努力すれば、人望も身につくわけです。
少林寺拳法の修練をただ単に道場の中だけで終わらせてしまっては、あまりにお粗末です。日常生活に生かすとは、こんなコミュニケーション能力を磨くことにもつなげていかなければ意味がないですね。
少し具体的にお話ししましょう。
 皆さんは、人をほめることができますか。日本人はほめることの少ない民族ですが、ここは欧米人を見習って、大いに褒めましょう。去年の自分と今年の自分を比べてみて、成長していればそれが自信につながります。ましてやそこを他人から褒められれば、より大きな自信につながるものです。他人を褒め、自分を褒める、そんなことを繰り返していくうちに、自分も他人も素晴らしい人間に成長できると思います。
しかることも難しいスキルです。人間性を否定するような言葉は絶対に使ってはいけませんね。まず相手の言い分を聞いたうえで、とった行動に焦点を当てて叱る必要があります。「だからお前はだめなんだ《とか、「バカじゃないか《などという言い方は、相手をしかっているつもりでも、実際には自分のストレス発散でしかありません。また、ラベリング理論というのがあって、人は、無意識のうちに、言われたとおりの人間になろうとするものだそうです。いつも「お前はだめだ《と言われ続ければ、だめになっていきますし、「やさしい子だね《と言われ続ければやさしい人になっていくのだそうです。人とのいい関係を作る素敵なコミュニケーションをとるためには、愛とともに力が必要です。余裕という力を持って、自ら大人になって、相手のためになる叱り方を実践しましょう。
 他人を動かすということは、最も難しいスキルかもしれません。自分自身すら思うに任せないのに、他人を自分の思い通りになどできるはずがないですからね。ただ、交渉の仕方によっては、ひとは喜んで動いてくれるものです。先ほどお話したフライト・アテンダントだって、このスキルがあれば、もっと違った話し方ができたのではないでしょうか。まあ、なんと言われても私たちが席を変わることはなかったとは思いますが、お互いもっとずっと気持ちよく話ができたと思います。命令、依頼、提案など、さまざまな方法がありますが、相手の立場に立って、丁寧に相手の心にそっと入り込むことが大切です。言葉というものは、その場その時から離れれば離れるほど丁寧な表現になります。英語でも命令文よりも現在形の疑問文、その上過去形の疑問文のほうがより丁寧な表現ですよね。そんな技術も知った上で、相手の気持ちになって本心から喜んで動いてもらえるようなコミュニケーションスキルを実践を通してお互いに磨きましょう。拳法にたとえれば、法形を身につけ、運用法で磨いていくことでしか、その能力は高まりません。お互い努力しましょうね。

9、 自他共楽

 無償の愛に貫かれた正しい態度や言葉といったコミュニケーション力、これらが調和して発揮されるよう、日々の修行を点検してみましょう。そして、今日から、コミュニケーション力を高める努力をしていきましょう。自分のことと同じくらい他人の幸せを考えるためには、他の人に対する愛情を持ち、それを表現することが大切です。自他共楽を形に表せるようにコミュニケーション能力を高める努力、それこそが修行そのものだと私は考えています。

以上

 なお、このWEBサイトは、当道院平泉雅章拳士の企画製作により運営されています。この場を借りて感謝を申し述べます。

(宗)金剛禅総本山少林寺大館三ノ丸道院

道院長   小 林 佳 久

 ご意見・ご感想は大館三ノ丸道院長、または大館三ノ丸支部ホームページの「拳士のひろば《へお願いします。