時 事 法 談 (44)

「愛国心について」

2003年11月4日

大館三ノ丸道院専有道場にて

合掌

 金剛禅では、「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを《という少林寺拳法(r)の基本理念を本気で追求し、平和で豊かな理想社会実現に向けて行動できる人を育て、そんな人達が協力して世界の平和と福祉に貢献しようという社会運動を金剛禅運動と称して展開しています。
 そこでこのページには、人づくりの一手段として普段私が行っている稚拙な法話の一部を、金剛禅運動の一環として、浅学非才を顧みず恥ずかしながら連載して参ります。(更新は上定期)
 この拙話をきっかけとして、さまざまな議論が巻き起こり、平和と福祉に貢献する実効ある活動が、世界中で展開されることを心から願ってやみません。皆様のご意見ご感想をお寄せ下さい。

結手

さて、今回は「愛国心について《お話します。

1、 選挙に関心を持とう

もうすぐ衆議院議員選挙です。皆さんにとって、選挙はどういう性質のものでしょうか。小泉さんに期待したけど、結果が見えないし、あまり関心がないという人もいるかもしれません。
でも少し考えてみてください。9・11から始まったアメリカを中心としたテロとの戦いは、誰が始めたのでしょう。もちろん、卑劣なテロリストが先制攻撃を仕掛けたわけですが、それに対してアフガニスタン、そしてイラクへと戦争を拡大したのは誰でしょうか。アメリカの一般市民が勝手に戦争を始めたわけではありませんよね。思い出してください。湾岸戦争を仕掛けたときの大統領は、ブッシュ・シニアです。そして今回は、・・・。もちろん、ブッシュだけが悪いと言うつもりはありません。でも、大接戦となったあの大統領選挙の結果が違っていたとしたら、歴史にIFはありませんが、そんなことを考えてしまいます。確かに戦争を始めるのは、政治家です。でも、その政治家を選ぶのは、国民一人一人なのです。そういう意味では、全ての責任は国民一人一人にあると言うのが民主主義のルールです。
今回の衆議院議員選挙も、国の将来を方向づける選挙です。有権者一人一人は、今回の投票行動によって日本の将来に責任を負うことになるのです。

2、 この国を客観的にどう見るか

最近の社会面は、あまりにもひどくて声になりませんよね。子供が親を殺し、親が子供を殺し、少年が少年を殺し、立派な大人が凄惨な事件を引き起こす。こんな状況をみて、この国がおかしくなっていると思わない人はいないでしょう。
皆さんは、この国の状況を客観的にどのように把握していますか。
景気の問題やこれを取り巻くいわゆる構造改革、教育、年金、社会保障、財政、安全保障や国際問題、数え上げればきりがありませんが、それぞれの問題に対して皆さんはどんな風に考えているでしょうか。そして、最大公約数として、いったいどの政党が皆さんの意見に近いとらえ方や解決策を提示しているでしょうか。
今回の選挙は、マニフェスト選挙とも言われるように、各政党が一応の政策を提示しています。それらを見比べて、自分の意見と比較してみる作業が必要だと思います。政党政治である以上、候補者個人について考えるだけでなく、政党を選ぶことがとても大切ですからね。

3、 政治に正解はない

景気対策や雇用創出、地方行政のあり方や補助金のとらえ方、消費税をはじめとした税制問題、公共事業に対する考え方や特殊法人改革、高速道路の問題、年金問題、教育問題、公務員や代議士の人件費、第一次産業のとらえ方、社会保障や環境・食糧問題、治安情勢、貿易問題、安全保障、外交問題、そして憲法改正論議、・・・、さまざまな政治課題に対して、私の意見を話しだしたら何時間あっても足りませんので、いちいち今日は注釈をつけませんが、皆さんにも「私はこう考える《という意見があるでしょう。
少林寺は、言うまでもなく政治団体ではありません。ましてや直属の政党を持っているわけでもありません。ですから、たとえば「教育問題については、こういう政策を支持する《といった本山からの指導もありません。もし道院長である私が、皆さんに対して、「こういう政策を打ち出している、この党とこの候補者に投票しろ《などと言ったら、当然おかしいと思うでしょう。そんなことをするはずがありませんが、万が一私がそんなことを言ったら、すぐに「おかしい《と声に出して批判してくださいね。
なぜ、それがおかしいか分かりますよね。政治に正解なんかないからです。数学の問題ではないのですから、いろいろな方策があって当たり前だし、人それぞれに価値観も違います。どんな問題に対しても「これだけが正しくて、他は全て誤りだ《など、あり得ないはずです。政治信条などと言うものは、きわめて個人的なものです。

4、 自分の意見を持つこと

 大学紛争当時それぞれの大学の拳法部は、大学側に立つのか全共闘側に立つのかということについて、真剣に悩みました。その結果に対して、開祖は、「どちらが正しいと言うことではなく、いずれの立場に立っても自分の信念に従って行動することが大切である《と、考えられていたようです。「自分の信念に従って行動しそれを貫いた者は立派であると、評価されたのです。開祖の目は、大学の若い拳士たちが、自分の目でどう判断し、どう生きていくかに注がれていた《と 50年史に記載されています。
 今回の選挙に対しても、自分の頭で考え判断し、責任を持って投票することが大切です。もちろん、どこを探しても、どの政党もだめだとか、どの候補者もメガネに適わないという人もいるでしょう。それでも、妥協点があればその人や党に投票するべきです。全くだめだと言うのならば、自ら出馬するか、メガネに適った人を擁立するべきです。それが民主主義における国民の責任ですからね。
 いずれにしても、流されることなく、信念を持って判断し行動することが大切です。

5、 基準は「自他共楽《

その判断基準は、言うまでもなく「自他共楽《です。自分さえ良ければいいとか、自分たちの利益になれば他はどうでもいいという考え方が、上正の元凶ですから、「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを《という正義を追求しようとしている政党はどこで候補者は誰なのか、自分の頭で考え判断することです。自分自身の感性や価値観に従って、どの政策を実現させれば理想境が近づくか、誰に任せれば、実現に向けて努力してくれるか、そんなことを考えて投票しましょう。夢を描きにくい社会であり、逆転満塁サヨナラホームランのような政策もなければ、きら星のように光る候補者もいないかもしれませんが、少しでも希望を持って諦めずに投票したいものですね。

6、 評論家になるな・・・「主体的に生きる《

酒の席などでも、いろいろな政治問題を議論することがありませんか。でも、ほとんどの場合、「今の社会、これじゃあだめだ《と言う批判や否定だけで終わりますよね。他人のやったことに対して否定的に意見を言うことは、とても簡単です。評論家をバカにするわけではありませんが、批評をするだけでは、決して世の中変わりません。反対するならば、必ず対案を出さなければ前に進まないのです。「有言実行《自分の信念に従って行動しそれを貫く、何事も主体的に生きることが大切ですね。

7、 国民として、市民として、家庭人として、・・・、そして自分自身

 今ここにいる拳士の皆さんはおそらく全員、日本人として生きています。もし国籍の違う方がいたらお許し下さい。決して国籍が違う人を否定するものではありませんが、まずは話を分かりやすくするために聞いてください。日本人として、日本に所属し、この地に生きているのです。望んで日本人になった人もいるかもしれませんが、ほとんどの人は、たまたま日本人として生まれてきた筈です。望もうが望むまいが、今現在は日本人です。もっと広く言えば地球人ということでしょうが、まずは、日本人であるというアイデンティティーを確立しましょう。日本人であることを主体的に意識すると、日本が自分の郷土であり日本人が自分の仲間であると思えてきませんか。愛民愛郷の思いです。
外国に行って日本人の行儀の悪さを見たとき、「バカな奴ら《と思うか、「恥ずかしい《と思うか。この違いが、「評論家のように生きている《か「主体的に生きている《かの違いではないでしょうか。「バカな奴ら《と他人事としてみる人は、「だから日本人はだめなんだ《と冷めた目でみるでしょう。まるで自分は日本人ではないかのように。「恥ずかしい《と感じる人は、行動力さえあれば、自分たちの恥ずかしい状況を改善しようと何らかの取り組みを始めるはずです。自分が所属する国やその国民そして郷土、そういったものを素直に愛する気持ち、それが愛国心です。二人称のYOUや三人称THEYで見るのではなく、一人称 WEで主体的に考えるその心が愛国心なのです。
 ある海外からの留学生は、「私の大好きな日本が、ごみで汚れることを黙って見過ごすことはできない。《と言って、町の清掃ボランティアをしているそうです。国籍は違っても、その留学生は、日本という国を一人称で愛してくれました。彼は地球人として、どの国へ行ってもそこを愛することができる人なのかもしれません。
 道端にタバコやごみをポイ捨てする人が、自分の車の中は“土禁”にしたりしてやたらときれいにしているということがありますよね。どうしてだと思いますか。車は自分のものであり、道路は関係ないと考えているからです。仏教では、三宝といって、釈尊とダーマと教団をかけがえのない宝として大切にすることを教えられています。自分の宝物であると言う意識が、大切にする心を生みます。もちろん、自分だけの宝物だと執着して独り占めするのはよくありませんが、自分の宝物、自分たちの宝物、みんなの宝物と考えることが大切です。日本の街で清掃ボランティアをした留学生は、日本を自分の宝物だと考えたのだと思うのです。
 私たちは、大館市民です。隣の町に住んでいる人もいますが、大館市で修行しています。だから、一人称で大館市の福祉向上のために提言書を作りました。今年の開祖デーでは、市内にあるさまざまなバリアを乗り越えるために行政にはどうして欲しいか、また市民はどうしたら良いかといったことをまとめたわけですね。愛民愛郷の心があるからです。第三者的に、「こんなに悪いところがある、だから大館はだめなんだ《という結論付けにはなっていませんよね。自分のものである自分の愛する郷土にもっと良くなって欲しい、愛する人たちがもっと暮らしやすくなって欲しいと言う願いを込めて作りましたね。大分時間がかかってしまいましたが、6日に市長と教育長へ提出してきます。福祉の改善に多少なりとも結びつくことを願っています。
 国や地域よりももっと小さな単位が、家族です。家族に対する思いも主体的であるか否かが大切です。家族の一員として主体的に関われば、少なくとも身内で殺しあうことはなくなるでしょうし、愛し愛され互いに助け合う関係が成り立つでしょう。自分の宝物ですからね。ここには、これから夫婦になろうという拳士もいますが、常にWE一人称で、考えてくださいね。何か問題がおきたときに、「あいつは、・・・だからだめだ《とか、「こんな家、息苦しくて大変だ《ではなく、「私たちは、どうやったらもっとよくなれるだろう《とか、「私たちは、互いに認め合って、もっと楽しく生活しよう《と、主体的に前向きに考える癖をつけてください。
 職場でも、学校でも、もちろん少林寺でも、いつでもどんな立場でも、常に主体的に生きていきましょう。それが、愛国心であり、愛社精神であり、家族愛だと思います。突き詰めて考えると、自分がとても大切だから自分の宝物を大切にしようと思うわけですし、自分を本気で愛するからこそ、国をも本気で愛せるのではないでしょうか。

8、 「忠《としての「愛国心《をもって理想境建設に邁進しよう

日本では、かつて天皇を担いだ愛国心「忠君愛国《が強要されました。この問題点は、今の宗教戦争に吊を借りた侵略戦争と同じことです。つまり、悪意を持った為政者が天皇を担ぎ出し、無理やりにその天皇を国の宝として崇めた上で、他を認めず、そのために死ぬことを美徳として教育したのですから。
少林寺で言う愛国心は全く違います。自分が本当に大切だから、自分の所属する組織も人も環境も大切だということなのです。先月の法話で、「仁、義、忠、孝、礼《についてお話しましたが、「忠《とは、そういうことです。自分自身への真心が、自分の所属する集合体への誠実さにつながります。そして、もっとも大きな集合体は、国ではなく人類という括りであり、地球に住む生命体という括りでしょうし、宇宙の真理ダーマでしょう。まさに自他共楽なのです。信条の第二項が改訂された理由は、皆さんご存知のとおり他の国籍を持つ拳士への広がり、ここにありますね。
話が戻りますが、戦時になるといつも国が一つにまとまることを要求され、言論統制が無言のうちに成立する国、そういう愛国心を持つのが伝統になっている国がアメリカではないでしょうか。反戦運動をしたハリウッドスターが干された話などからも想像されます。自分の国益だけを重視する姿勢が、愛国家心ともいえるそういう愛国心を生み出すのでしょう。
ただ、戦時になれば、アメリカだけでなくどこの国でもそういう愛国心が要求されます。戦時は、どこの国も自分の国益だけを考えますからね。日本もかつてはそうでした。そういう思いがあるから、「国を愛する心《教育への根強い反対があるのでしょう。開祖は、三島由紀夫事件の際に、本当の愛国心について熱く語られましたが、その前段で、「この事件で非常に危険だと感じたのは、何かの時には軍隊を動員しようと言う考えです。自衛隊が立ち上がって憲法改正を、そのためのクーデターをと言っている。憲法改正というような問題を、政治の手を借りずに、国民の同意を得ることなく一部の人の考え方でやることには根本的に賛成しかねる。《と述べていられます。教育の問題ばかりでなく、それこそ今の選挙の争点となっているさまざまな問題でも、いろいろな意見があり、武力や権力で押さえつけられることなく自由に表明できると言うことはとても素晴らしいことです。そんな健全な社会は守らなければなりませんね。
その上で、「私は終戦直後から今日まで、一貫して祖国日本を愛そうと言い続けてきたが、私たちの愛国心と言うのは、人間を愛する、日本人の幸せを考えると言う立場にたっての愛国心であり、家族の幸せを考えるように、私たちを生み育んでくれた同胞の幸せを考え、祖国を愛そうじゃないかと言う愛国心である。《とおっしゃっているのです。同時に開祖は、自衛官への講話の中で、「あなた方自衛隊の幹部さんたちは間違ってもらっては困る。自衛隊の仕事は、日本の郷土や民族を守ることであって、国家を守ることとは違う《ともおっしゃったそうです。
自分が本当に大切だから、周りの人も大切にする。その考え方と生き方を広めていくことが金剛禅運動です。「忠《の心で主体的に取り組んでいきましょうね。

以上

 なお、このWEBサイトは、当道院平泉雅章拳士の企画製作により運営されています。この場を借りて感謝を申し述べます。

(宗)金剛禅総本山少林寺大館三ノ丸道院

道院長   小 林 佳 久

 ご意見・ご感想は大館三ノ丸道院長、または大館三ノ丸支部ホームページの「拳士のひろば《へお願いします。