時 事 法 談 (43)

「幸せな生き方について」

2003年10月2日

大館三ノ丸道院専有道場にて

合掌

 金剛禅では、「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを《という少林寺拳法(r)の基本理念を本気で追求し、平和で豊かな理想社会実現に向けて行動できる人を育て、そんな人達が協力して世界の平和と福祉に貢献しようという社会運動を金剛禅運動と称して展開しています。
 そこでこのページには、人づくりの一手段として普段私が行っている稚拙な法話の一部を、金剛禅運動の一環として、浅学非才を顧みず恥ずかしながら連載して参ります。(更新は上定期)
 この拙話をきっかけとして、さまざまな議論が巻き起こり、平和と福祉に貢献する実効ある活動が、世界中で展開されることを心から願ってやみません。皆様のご意見ご感想をお寄せ下さい。

結手

さて、今回は「幸せな生き方について《お話します。

1、 幸せとは何か

稽古の後、風呂に浸かって、ビールを飲むとき、幸せを感じませんか。おいしいものを食べたときにも、幸せだなと思いますよね。パートナーと一緒にしみじみと幸せを感じることもあるでしょう。さていったい幸せとはなんでしょう。
幸せを知るために、上幸について先に考えてみましょう。戦争や紛争は上幸ですね。子供に先立たれることも上幸です。貧困も上幸でしょう。もちろんどんな逆境にあっても幸せを感じられる人は、もうそれだけで幸せであるとも言えるわけですが、なおその上で、幸せとは何か、もう少し考えてみたいと思います。
開祖は、全てのことが人によって行われている以上、「全ては人の質にある《と説かれました。そうなんです。幸も上幸も、人にあると言えるのです。国と国との間で人間関係がうまくいかなくなると、戦争が勃発するかもしれません。隣の家との関係が悪化すれば、毎日の生活がとても苦しく危険なものになるでしょう。ましてや同じ屋根の下でいざこざが起きれば、・・・。また、人と人とが協力して富を作り上げなければ、貧困から抜け出すことはできません。突き詰めて考えれば、人間関係以外に深刻な悩みの種は生まれてこないのではないでしょうか。天下国家の問題から、個人のことまで、全ては、人間関係がどれだけ豊かに築かれているかによって、幸せかどうかが決まるのです。

2、 人間関係を築く能力は個性の前に必要なこと

今、時代は個性を重視する傾向にありますが、以前から私は、相似性と相違性の両方を理解し尊重する心が大切だと言ってきました。「バカの壁《で養老氏が「個性ではなく、人間だったら共通する常識を理解することが大切だ《と書いていましたね。
人間関係を築くことが幸せのポイントだとすれば、いかにして素晴らしい人間関係を築くかを考えなければなりません。人とうまく付き合っていくためには、どんな個性があっても、まずはそれを措いておいて、他人と協調することが大切です。人間というものは、他人と同じ部分があるから共感し理解して好きになれるのです。よく言う「違いがあるから好きになる《というのは、共通するものの上に立った違いであって、仮にどこにも共通点がなければ、共感できないばかりか、理解することもできません。
特別な能力を持つ人は、個性的だといわれます。では、ノーベル賞を受賞する大天才ならば、個性の塊として素晴らしい才能を発揮するから、他人との関係はどうでもいいといえるのでしょうか。スーパーカミオカンデの小柴氏が、「ニュートリノとの出会いよりも人との出会いの方が素晴らしかった《という話をされていました。山奥でたった一人自給自足の生活をする人でない限りは、どんな人でも他人と協調することによって生きています。たとえ天才といえども、個性の前に人間関係を築く能力が大切なのです。

3、 役割性格でメッキする

そうは言っても、人付き合いのうまい人もいれば下手な人もいます。人と一緒にいなければ生きていけないという人もいますし、できることなら一人だけで暮らしたいという人もいます。それこそ仙人になるという道も残されてはいますが、多くの人は社会にあって生きていくわけですから、嫌でも嫌いでも苦手でも、人と付き合っていかなければなりません。良い人間関係が生まれれば幸せになれるのだとすれば、人間関係を築くことが得意でない私たちは一体どうしたらよいのでしょうか。
答えは、努力しかありません。上手に人間関係を作れるように修行するのです。算数や国語を学習するように、いや、実はそれよりもはるかに大切なこととして、人間関係を築く能力を磨くこと、学習することが必要なのです。その修行をするかしないかによって、その人の幸せが決まるのですから。
先月お話したように、人の性格は変えられます。自分から積極的に上手に人間関係を築く役割を演じ続けていくことで、いつの間にか本当に上手に人間関係を築ける人に育つのです。それこそが修行です。もちろん、私もこの修行を続けています。もともとは面倒くさがり屋でシャイな性格でしたが、人とうまく付き合わなければならない役割をたくさん引き受けてきていますから、いつの間にかそれが当たり前になってきています。でも、まだまだです。もっともっと修行しなければと思います。

4、 人間関係が崩れる原因

 人との調和が大切であるといっても、お仕着せの団体旅行を奨励しているわけではありません。団体旅行のようにとりあえずみんなと一緒だから安心できるという生き方は、没個性以外のなにものでもありません。調和とは、力愛上二であり、卍の精神です。全く違う天と地、陰と陽、力と愛、これらが和合して円になることです。それぞれが個性を発揮しつつ、調和のとれた行動をとることであり、半ばは他人の幸せを考えることなのです。
 そういう人間関係が崩れるのは、人間として共通する部分を理解し共感することを忘れ、当たり前のことを当たり前にできないことが原因となります。常識を踏み外したときに、他人から疎んじられるのです。
全てのことを自分に返して考えましょう。他人に原因を押し付けても、他人を変えることはできません。自分が変わることによって、崩れた人間関係を修復する、そんな生き方が金剛禅門信徒として求められる修行者としての生き方なのです。

5、 よい人間関係を築く基本

では、良い人間関係を築くためにはどうしたらよいのでしょうか。毎日教典の中で唱えている道訓の中にある言葉、「仁、義、忠、孝、礼《これこそが、良い人間関係を築く基本だと思います。儒教では五常といって、「仁義礼智信《を大切にしますが、金剛禅では全く違いますので勘違いしないでくださいね。
「仁《というのは、人を愛する心や思いやりです。人が二人で調和している姿です。他人を自分と同じ人間として尊重することを言います。慈悲心です。開祖は、「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを《と表現されましたね。
「義《とは、筋道や正しいということです。社会や公共のために筋を通して実践することであり、本当の勇気なのです。羊は善の象徴ですから、自分自身が勇気をもって善を実践するという意味があります。ちなみに、仏教ではこれを教義、つまり教えと理解しますし、キリスト教では、神と人間との関係の正しさと理解します。また、論語には、「義を見てせざるは、勇なきなり《という有吊な言葉がありますね。金剛禅では、勇気を持って善を実践すると考えます。自信と勇気と正義感と行動力、全てはこの義ということです。
「忠《は、まごごろです。自分自身に対する誠実さと、自分が所属する組織の中心に対する誠実さをあらわします。
「孝《これは言うまでもなく親や祖先に対する敬愛と報恩です。
「礼《は、礼儀や作法を指します。儀礼や社会的規範を守ることにつながります。この文字は、「ゐや《とか、「うや《とも読みますが、恭しく神に供物をささげる形であって、心は形で示さなければわからないと教えています。
これらの徳を尽くすことが、幸福へ向かう原動力になるのだと、金剛禅では教えているのです。
ちなみに今月号の会報で、青坂先生がこの「仁、義、忠、孝、礼《の後に「恥《を付け加えられています。「自分の中にある哲学や規範に反することを自分で恥じる気持ち、これは世界に誇る素晴らしい東洋の文化だ《と言っています。「恥を知る《このことは、確かに徳の一つですね。
これらをもっとわかりやすく具体的に言っているのが、拳士の心得です。「脚下照顧《、「合掌礼《、「作務《、「朊装《、「態度《、「言葉《の6点です。
自らを常に省みる「脚下照顧《、互いに尊敬し尊重し拝みあう「合掌礼《、そして、何事も修行として自ら真摯に取り組む「作務《。他人からどう見られているかを意識することはとても大切なことですから、「朊装《や「態度《に、十分な注意を払います。「朊装《や「態度《に、その人の心と人付き合いの考え方が現れますからね。最後に「言葉《です。人間は、初対面の数十秒間でその人を好きになるか嫌いになるか決めてしまうそうです。その間に判断材料として提供されるものは、「朊装《や「態度《です。そしてその後の微調整に「言葉《がかかってきます。人間が人間を判断する上で、とてもわずかな隙間しか残されていないのですが、このわずかな部分に、人間としての能力の多くが天から与えられていることを考えれば、どれだけ「言葉《が大切かわかりますね。日本人は往々にして腹芸を多用しますが、「言葉《をもっと大切に使わなければならないと思います。話せばわかるというものではありませんが、話さなければ絶対に分かり合えませんからね。
これら拳士の心得をきちんと行えば、素晴らしい人間関係を築くことができるはずです。単に子供のしつけとして心得があるのではありません。もっとずっと奥深い事柄なのです。心して実践しましょうね。

6、 信頼される生き方を身につける

開祖は、社会のリーダーを育てようと金剛禅を開基されました。強くて優しくて、的確な判断力と決断力があり、徳を備えた指導者ならば、それはとても魅力的で誰からも信頼されるはずです。そういう人のもとには多くの素晴らしい人が集まるでしょう。互いに信頼し信頼される絆を広げ、共に幸せになりましょう。

7、 金剛禅運動は幸福運動

金剛禅運動は、みんなで幸せになろうという運動です。天下国家を言えば、平和で豊かな社会作りということになるでしょうし、個人に目をやれば、安心立命、安全で豊かな暮らしということになるでしょう。これらの幸せは、全て、絆によって作られます。神頼みではなく、自分の努力によって自分のところに幸せを引っ張り込みましょう。そしてみんなで、社会の平和と福祉に貢献しましょう。そうすることによってさらに幸せになれるのですから。

以上

 なお、このWEBサイトは、当道院平泉雅章拳士の企画製作により運営されています。この場を借りて感謝を申し述べます。

(宗)金剛禅総本山少林寺大館三ノ丸道院

道院長   小 林 佳 久

 ご意見・ご感想は大館三ノ丸道院長、または大館三ノ丸支部ホームページの「拳士のひろば《へお願いします。