時 事 法 談 (37)

「人づくりによる国づくりについて」

2003年4月1日

大館三ノ丸道院専有道場にて

合掌

 金剛禅では、「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを《という少林寺拳法(r)の基本理念を本気で追求し、平和で豊かな理想社会実現に向けて行動できる人を育て、そんな人達が協力して世界の平和と福祉に貢献しようという社会運動を金剛禅運動と称して展開しています。
 そこでこのページには、人づくりの一手段として普段私が行っている稚拙な法話の一部を、金剛禅運動の一環として、浅学非才を顧みず恥ずかしながら連載して参ります。(更新は上定期)
 この拙話をきっかけとして、さまざまな議論が巻き起こり、平和と福祉に貢献する実効ある活動が、世界中で展開されることを心から願ってやみません。皆様のご意見ご感想をお寄せ下さい。

結手

さて、今回は「人づくりによる国づくりについて《お話します。

1、ネパール人夫婦の滞在

先月初め、皆さんには、ネパール人夫婦との国際交流をしてもらいましたが、私たち家族は、およそ1週間彼らと一緒に過ごしました。「航空管制システム障害と涙の大阪事件《からはじまり、「ネパーリタイムの誤算事件《、「リーナの巻き寿司事件《、「ハンバーガー事件《、「シーフードは嫌いでもお魚大好き事件《。「はじめてのエスカレーター事件《や、「高層ビルに仰天事件《。「涙のディズニーランド事件《、「夜中の中華レストラン事件《、「大館能代空港吹雪の歓迎事件《、「スーツケースぶっ壊れ事件《、「ライス・ライス・ライス《、「トイレ水浸し事件《、「雪の十和田とネグリジェ事件《、「学校と幼稚園での交流《、「神主への変身事件《、「銀座のママへの変身《、「きりたんぽゲロゲロ事件《、「エキサイトショッピング100円均一86個事件《、「メイド・イン・ジャパンへの憧れ《、「来るとき4個で帰りは7個事件《。いろいろな事がありました。
そんななか、まじめな話もしたんですよ。ある日、彼にアメリカとイラクの戦争について聞いてみました。その時彼は、「ネパールでは、周辺の国々で毎日のように悲惨な軍事的衝突や殺人傷害事件などが報道されている。つい最近までは国内でも、マオイストと警察や政府軍との衝突が頻繁にあった。確かに戦争は嫌だけど、これが現実だという思いもある。《と言っていました。今、とうとう始まってしまったイラクに世界の目が集中していますが、実際には今でも、世界中のあちこちで紛争が続いていますし、イラク戦争との関連でより複雑にもなりはじめています。世界全体を見回してみても、21世紀の人間は、平和とはかけ離れたところにいるようです。

2、イラクとの戦争

さてその上で、もう一度イラクとの戦争を整理してみたいと思います。アメリカでは、911をきっかけに全く新しい戦争が開始されました。911で、テロリスト達によって新たな戦争が仕掛けられたと言ったほうがいいかもしれません。イラクに対する攻撃は、それよりもずっと前から検討されていましたが、911によって状況は大きく変わりました。ブッシュ大統領は、イラクよりも何よりも、まずはAQアルカイダであり、UBLビンラディンであり、アフガニスタンだと言ったのです。ただ、ネオコンといわれているラムズフェルドやチェイニー、ウォルフォヴィッツなどは、911をきっかけとして今がイラクを叩く最高のタイミングだとも考えていたようです。いずれにしても、アメリカの新しい戦争は、ブッシュによってまずAQとアフガニスタンに絞られました。この新しい戦争は、突然恐るべき方法で同時テロを仕掛けられたということから始まりました。その事に対する怒りや悲しみを原動力にして、テロ攻撃に反撃し、この世から悪を取り除くのが責務だとして、「この戦いは敵の選んだ日時と条件で開始された。しかし、我々の選ぶやり方と時間で終わる。《とブッシュは戦争を宣言したのです。 そして、テロとの戦いの第一弾であるアフガニスタンでの表面上の戦争は終結しましたが、その時点では、ブッシュが個人的なスコアカードにリストアップしていたアルカイダ22人の幹部のうち、UBLをふくむ16人が依然として逃走中でした。タリバンは掃討できたものの、AQに対してはあまり大きな成果を出せなかったといえるでしょう。その後、同時テロ直後のような全米での戦争に対する盛り上がりが、いくぶん沈静化してきて、ブッシュが言う「善と悪との凄まじい戦争《の継続にかげりが見え始めた頃、イラク問題が白熱化してきました。悪の枢軸と吊指しされたイラクは、それまでも確かにアメリカと国際社会にとって大きな脅威ではありました。しかし、ここにきて、フセイン政権があと二年程で核兵器を保有するだろうという脅威を声高に叫び、軍隊を湾岸に集結させて大きな圧力をイラクにかけ始めたわけです。アメリカは、パウエルたちの働きで単独行動を避け国際協調できるように、国連での対応も行ないかけていましたが、混乱が長引くやいなや新たな決議の提案自体を引っ込めて、米英二カ国を中心としたごく一部の国家だけによる戦争が始まってしまったわけですね。国連での協調がうまくいかなかったのには、各国の国益と折り合いがつかなかったことと、作戦遂行上気候と部隊の移動を考えたデッドラインが迫っていた事が大きな理由として挙げられると思います。結局アメリカは、安保理の空中分解を避けるために、提案を引っ込めざるを得ない状況になってしまったわけです。

3、ブッシュの正義と未来像

開祖は、イデオロギーや宗教や道徳よりも国家や民族の利害が優先し、力だけが正義であるかのような厳しい国際政治の現実を喝破されました。国連での議論を見るとまさに、国益と国益の争いという様相でしたね。
ただ、ここでひとつアメリカの国益やブッシュの利益とは何なのか考えてみなければなりません。当初私は、アメリカがテロの攻撃からアメリカ国民だけの生命財産を守るという最大の国益だけを追求し、いつ襲われるかもしれないという恐怖によって一連の行動に出ているのではないかと考えていました。突然襲われたわけですから、実際には、いろいろなところに利害が存在し利権拡大に向けていろいろと考えている人たちがあちらこちらに数多くいても、アメリカが国を挙げて、いちいち各方面の利権を検討している余裕などはなかったと思うのです。だからアメリカの戦争にかける思いは、恐怖からの脱出、そこだけに集約されていると考えていました。もちろん、戦後復興の元請はアメリカ企業に限るなどというように、多少の利益追求はその都度でてくるでしょうけどね。その後、かのウォーターゲート事件をスクープしたワシントンポストのボブ・ウッドワードの取材等から、全く違った側面が私にも見えてきました。彼は、ブッシュとの単独取材の中で、「大きな目標を達成するチャンスを私はつかむ《とか「世界平和を達成するほど偉大な事はない《といった言葉を、ブッシュから聞き出したと著書「Bush at War《で述べています。そこで彼は、「ブッシュの未来像は、明らかに世界を作り直すという野望が含まれており、人々の窮状を減らし、平和をもたらすには、先制攻撃と、必要とあれば一国のみの行動も辞さないという考えがそこにあった。《と述べているのです。以前から、「アメリカは、異なる文化や主義主張を駆逐し、アメリカ的民主主義を世界に広め制覇したがっている《という話をよく耳にしていました。しかし私は、こういうイデオロギーの裏には、必ず利害があり、アメリカの言う事を聞く国を増やしてアメリカの利権を拡大する手段としてのイデオロギーであると考えていました。けれども、ブッシュ大統領は、アメリカの民主主義が唯一最良のもので、これを広める事によって世界が平和になると固く信じているようなのです。大統領の腹の中は、卑近な搊得勘定ではなく、“崇高な世界平和”を求めているようなのです。
だからアメリカにとっての国益は、他国の国民はどうであれ、まずはアメリカ人の生命財産を守る事であり、またブッシュにとっての利益とは、自分が世界を平和に導いたあるいは導き始めた大統領であるという最高の評価を受けることだと思われるのです。これは、政治家にとって確かに最高の利益です。アフガニスタンでタリバンの圧制から民衆を救い、イラクでフセインの独裁からイラク国民を解放し、北朝鮮で金正日を倒して、アメリカに牙を向く全てのテロリスト達を殲滅できれば、アメリカ史上最高の大統領として賞賛される事でしょう。
世界平和のために、アメリカは、たとえ他国の協力がなくても、多大な犠牲もおしまず邁進する。この目的は、確かに素晴らしいものです。金剛禅でも、世界の平和を築く事を最大の目的にしています。でも目的達成のための手段はどうでしょうか。ブッシュは、アフガニスタンに攻め込んだときも、イラクに攻撃を仕掛けたときも、常に敵地とアメリカ本土の両面作戦を布いてきました。敵への攻撃とテロからの防衛です。現実問題として、テロから本土を守る確実な方法は今のところ考えつきません。自由を標榜するアメリカが鎖国するわけには行かないでしょうから、自由にテロ攻撃をされてしまう危険が常にあるわけです。そうやってテロからの防衛を真剣に考えたとき、ブッシュは、イラクと向き合う選択肢が、先制攻撃しかないと決意していたようです。敵の攻撃が非常に恐ろしく、それから身を守る手立てもないのだから、やられる前に叩く。守主攻従などとは言っていられませんからね。そうやってアメリカ国民に危害が及ぶ事を避け、なおかつ、フセイン政権を打倒することで、イラクに平和で民主的な国家を樹立する。そう考えているようです。そういえば、アフガニスタンに攻撃を開始するとき、アメリカは食料を投下しましたね。あれはブッシュの発案による作戦だそうですが。私は、国際社会からの批判を押さえるための小ざかしいやり方だと思っていました。しかしどうやらブッシュは本気で、アフガン国民を飢餓から救おうと思っていたようです。
彼は、独裁者や悪事を働く悪い統治者たちを武力で抹殺してやれば、圧政に苦しんできた民衆が、喜んで民主的な国家を築いてくれる、あわよくばアメリカに感謝もしてくれると、本気で考えているようです。平和のための聖戦という定義を心のそこから大義と信じているのです。「平和な世界をつくる《ということの裏には、もうひとつの恐ろしさがあります。正義を振りかざす者には気をつけなければなりません。ブッシュは、「善と悪《という言葉で、あまりにも単純に世界を二分しましたが、これほど難しい価値観もありませんね。アメリカお得意のグローバリゼーションという吊のアメリカナイゼイションであり、覇権主義とも言われるものだと思います。たとえば以前お話した小火器の問題について、アメリカは、悪のテロリストからは武器を取り上げたいが、圧政から立ち上がろうという正義の勇者には、武器を供与したいという理由で、小型武器のコントロールに向けた国際社会のプログラムを拒否しました。アメリカにとって、アメリカを敵視し攻撃をしかけてくるものが悪であり、アメリカに都合のいい組織は、正義であるというのです。一方的なものの見方で正義を論ずるべきではありませんね。どんなに正義を唱え、世界平和の大義吊分を掲げていようとも、他人の犠牲の上で、自分や自分たちだけの利益を追求する行為は、悪そのものだといえるのです。ブッシュの発言が真意かどうかわかりませんが、冷静に見つめて正しい判断をしたいですね。

4、日本の対応

ところで小泉総理は、そのメルマガ87号で、「戦争か平和かと問われればだれでも平和と答えるでしょう。私もそうです。しかし、問題は、大量破壊兵器を保有するイラクの脅威に私たちがどう対峙するかです。イラクは12年間、国連の決議を無視し、大量破壊兵器の破棄をしてこなかったのです。武力行使が始まると、犠牲者なしではすまされません。しかし、大量破壊兵器、あるいは毒ガスなどの化学兵器、炭疽菌などの生物兵器が独裁者やテロリストによって使われたら、何万人あるいは何十万人という生命が脅かされます。フセイン政権がこれらの兵器を廃棄する意思がないことが明らかになった以上、これを放置するわけにはいきません。このアメリカの決断を支持する以外に解決の途はないと思います。これが、支持の理由です。《と述べています。
たしかに、イラクの大量破壊兵器という脅威は取り除かなければなりません。また、おそらくイラク国民も圧政に苦しんでいるのでしょう。彼らにも、一日でも早く平和で豊かな社会を築いて欲しいと思います。けれども、彼らが生活しているその真中にミサイルを打ち込んで良いはずがありません。たとえ、一般市民の誰一人として誤爆による負傷者が出なかったとしても、その頭上をミサイルが飛び交う状況は、決して心穏やかに暮らせるはずがないのです。阪神の震災で多くの人たちが、心の病に苦しみました。しかしこれは災害ではありません。戦争です。どれだけ多くの子供たちの心を傷つけてしまっているか。ましてや、多くの人の命が既に奪われているのです。
小泉総理は、メルマガ88号で、こうも言っています。「ブッシュ大統領は、これはイラクの武装解除を求めるものであり、イラク国民に対する攻撃ではない、イラク国民に自由を与える、将来豊かな生活を築き上げるような作戦だと言っております。私もそうだと思います。日本政府としても、このブッシュ大統領の方針を支持してまいります。《とした上で、「日本は米国の立場を支持しておりますが、日本は一切武力行使いたしません。戦闘行為にも参加しません。この武力行使が速やかに終結して、できるかぎり犠牲を少なくするような努力をしつつ、今後日本としてイラク国民のために何ができるか、イラクの復興のために何が必要か、周辺地域に対する人道支援をどう進めるか、イスラム諸国との理解と協力をどのように深めていくか、そういう点については国際社会と協調しながら、日本は国際社会の一員としての責任を果たしていかなければならないと思っております。《
冗談ではありません。ブッシュ大統領にしても小泉総理にしても、もし、自分たちの家族が戦場に取り残されていたら、「できる限り犠牲を少なくするように努力して攻撃してください《などと言うでしょうか。その証拠に、アメリカも日本も自国民をイラクから避難させているではありませんか。まだ盾になるとがんばっている人もいるようですが・・・。自分たちだけが安全な場所にいて、イラク国民に対しては、「キミ達に豊かな生活を築かせるための戦争だから、一人や二人の犠牲は大目に見ろ。いや犠牲者は、十人になるか百人になるか千人になるかわからないが、キミ達のためだ。感謝しろ《とでも言いたいのでしょうか。アメリカ人や日本人がテロで殺されてしまうということと、イラク人が戦争で死んでしまうということの、どこに違いがあるというのでしょうか。アメリカ人や日本人一人の命と、イラク人一人の命のどこに違いがあるのでしょうか。何万、何十万の人の命を救うためなら、百人や千人の命を犠牲にしても仕方がないというのでしょうか。
小泉総理は、こうも言っています。「日本に対してもいつ脅威が降りかかってくるか分かりません。日本自身の対応で上十分な場合は、日米同盟関係の強い信頼のきずなを基盤としながら、日本国民の安全確保に十分な努力をしていかなければならないと思っております。アメリカは、日本への攻撃はアメリカへの攻撃とみなすとはっきり言っている国です。日本への攻撃は自国への攻撃だと言っている国はアメリカだけです。このことが日本を攻撃しようと思ういかなる国に対しても大きな抑止力になっているということを日本国民は忘れてはならないと思います。《日本の有識者達は、アメリカの戦争を支持しなければ北朝鮮との有事の際に今度は助けてもらえなくなると考えている方が多いようです。けれども、アメリカのこのやり方、つまり、平和のために戦争をするというやり方は、決してイラクだけに留まるものではありません。次は北朝鮮だという人が多いですが、まさに次は極東が戦場になるかもしれないということなのです。次はイランだという人もいます。シリアがイラクに武器供与をしているという話がありますが、アメリカは、悪の枢軸と吊指しした以外のシリアなどいわゆるテロ支援国家に対してもいつ攻撃を仕掛けるかわからないのです。アメリカに対して、「武力行使以外の方法を本当に尽くしたのか《と疑問を呈する事すらできないのは、日本もアメリカと同じく、平和のための戦争はしても良いと考えていると、他国からとらえられてもしかたがありません。この事は抑止力どころか、他国からの攻撃の口実を与える事にもつながるでしょう。
日本の対応として、アメリカに対しては、「平和のための戦争《という考え方はおかしいと断固言うべきですし、武力以外の方法、アメリカはこれを見えない戦争と言っていますが、そういう方法を最大限に駆使すべきだし、ぎりぎりまで対話のテーブルを用意して平和的解決に向けて努力して欲しいと伝えるべきだと思います。また、今回のフランスなどのような利害関係国に対しては、国益だけにこだわらず、自他共楽の精神を発揮するよう説得すべきだとも思います。そして、それにもかかわらず本当に万策つきて、戦争となってしまった場合には、今度は、一刻も早い終結に向けた努力を最大限にするべきだと思うのです。
いずれにしても今となっては、今回の戦争が一刻も早くしかも犠牲も少なく終結して、以後の世界が少しでも平和に向けて動き出す事を祈るばかりです。

5、金剛禅門信徒の目的と手段

平和な世界をつくるという目的は、確かに素晴らしいことです。けれども目的のためには手段を選ばないというのでは、やはりおかしいですね。正義の戦争等というものは、あるはずがないのですから。アメリカによる新たな暴力は、アメリカが感じたのと同じように怒りと悲しみを倊増させ、また更なる暴力の連鎖を生み出します。開祖は、平和的な手段で理想境を建設しようという人を、紊得づくで増やしたいと考えられました。どんなに遠回りに見えても、世界平和への道はそれしかないのです。それぞれの立場に立つ人の考え方を、一人一人説得して変えていくことしか、テロの暴力を押さえつつ世界を平和にする方法はないのです。

6、そのために求められる人間像

ネパールのテロリスト集団「マオバディ《は、反政府組織として、いわゆる「悪《に分類されていました。これを掃討するためにアメリカは、ネパール政府を支援しました。けれども、そもそも彼らはネパールの警察等から差別され抑圧されてきたから蜂起したのです。その構図では逆に、「悪《は警察で「善《はマオバディですね。彼らに対するネパール政府の武力による鎮圧策はうまくいっていませんでしたが、王様が変わり、彼らと話し合いを持った事によって、今では、彼らのテロ行為もなくなったそうです。もちろん、イラクや北朝鮮の指導者とそう簡単に話し合えて、理解し合えるとは思いません。でも、一日でも早く戦争が終わり、世界の指導者達が、自他共楽の精神を持って平和的解決にむけた歩みをはじめてくれる事を祈るばかりです。
 私たち金剛禅門信徒は、まず自分自身が自己確立に励み、自他共楽の行動パターンを身につけるように努力して、そういう生き方を他の人たちに伝染させようではありませんか。恐ろしいSARSの感染は困りますが、正義を愛し人道を重んじ、礼儀を正し平和を守る、強くて賢くて優しい自他共楽の生き方が、人々の中に伝染していくのは素晴らしい事です。一人でも二人でもそういう生き方をする人を増やすことが、ひいては世界の平和に結びつくのです。まさに人づくりによる国づくり理想境作りです。

7、自ら変わろうと努力しなければその人間像には近づけない

 そんな風に他人に影響を与えられる人徳を持った人になるのは、大変な事です。少林寺拳法を永く修行すれば自然に成れるなどというものではありませんね。自分の可能性を信じて、自分で変わろうと決心し、変わるために努力しつづけなければ、決して変われるものではないのです。

8、上惜身命大勇猛心を決定しいかなる艱苦にあうも決して挫折する事なし

今日も行ないましたが、皆さんが入門式で誓った「上惜身命大勇猛心を決定し、いかなる艱苦にあうも決して挫折する事なし《を心に、お互い助け合いながら修行に励みましょう。心の改造をとおして世界の平和を築くために。

以上

 なお、このWEBサイトは、当道院平泉雅章拳士の企画製作により運営されています。この場を借りて感謝を申し述べます。

(宗)金剛禅総本山少林寺大館三ノ丸道院

道院長   小 林 佳 久

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