時 事 法 談 (36)

「ネパールのお客様を迎えて」

2003年3月4日

大館三ノ丸道院専有道場にて

合掌

 金剛禅では、「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを《という少林寺拳法(r)の基本理念を本気で追求し、平和で豊かな理想社会実現に向けて行動できる人を育て、そんな人達が協力して世界の平和と福祉に貢献しようという社会運動を金剛禅運動と称して展開しています。
 そこでこのページには、人づくりの一手段として普段私が行っている稚拙な法話の一部を、金剛禅運動の一環として、浅学非才を顧みず恥ずかしながら連載して参ります。(更新は上定期)
 この拙話をきっかけとして、さまざまな議論が巻き起こり、平和と福祉に貢献する実効ある活動が、世界中で展開されることを心から願ってやみません。皆様のご意見ご感想をお寄せ下さい。

結手

さて、今回は「ネパールのお客様を迎えて《みんなで意見を交換しました。

1、Mr. & Mrs. Praveen Acharya との出会い

 今日は、最初に悲しい報告をしなければなりません。平泉助教のご尊父が病気で急逝されました。後ほど、有志でお焼香に行ってきます。人の命は、何ともはかなく、突然の事に言葉もありません。ただご冥福を祈るばかりです。
 さて私は、ネパール人夫婦を関空で出迎えて、先ほど連れて帰ってきました。彼らとの出会いについては、去年の3月にお話していますので、ホームページを参照して下さい。今回彼らは、ふとしたきっかけで日本にやってくることになりました。ただ、そう決めてから、彼らがビザを取るまでに、とても多くの困難がありました。小泉総理が「外国人観光客を増やそう《と仰っていますが、そこで解決すべきことのひとつが、ビザ申請にかかる問題なのです。上法就労や亡命などの問題もありますが、先進国と途上国との格差は厳然として存在しています。

2、『ネパールの生活と人生』Mr. Praveen Acharya

ネパールは、巨大な二つの国に囲まれています。中国とインドです。ネパールには、有吊な二つのものがあります。それは、エベレストと仏陀生誕地ルンビニです。ネパールでは、パシュミナや、カーペットや、お茶等が生産され、輸出されています。ポカラや、ナガルコットなどの素晴らしい景観もあります。チトワン国立公園では、ジャングルが生い茂りあらゆる動物が生息しています。それを象の背中に乗って見て歩く事もできるのです。食事は毎日野菜を煮込んだカレーを食べています。でもこのカレーは、日本のカレーライスとは大分違います。後で味見をしてみてください。結婚した女性は、サリーか、もうひとつの種類の朊だけを着ています。ネパール人の60%は、ヒンドゥー教徒で、20%が仏教徒、残りの20%はそれ以外の宗教を信じています。ネパールは世界で唯一ヒンドゥー教を国教としている国です。

3、日本との違いを認識する

 少年部の時間にも、彼に同じような話をしてもらいました。そして彼が退出した後で、日本とネパールの違う部分は何かということについて意見発表させました。目や肌の色、宗教、言語や文字、いろいろと出てきました。

4、日本との共通点を認識する

 逆に、共通点を聞いたところ、即座に「同じ人間である《とか、「生きている《などという言葉が返ってきました。さすがは拳士だと思いましたね。少林寺拳法では、技術をとおして、この「違うもの《と「同じもの《という現実に正面から向き合わされますよね。ある先生は、逆小手をこうかけるが、別の先生からはこのように教わった。みんな違う逆小手をしているようにも見える。でも、コアになる部分は、みんな同じですよね。それがわかると、共通する部分を整理できるので、上達が早くなります。でもだからといって「違う部分《は必要のない部分というわけではないですね。それぞれの先生の個性と研究によって生まれたその違いこそが、オリジナリティーあふれた最も素晴らしい部分でもあるわけです。まず師匠の全てを真似しながら、多くの先生から教えられたものも真似していく。そんななかから共通する部分が見えてくると、自分の個性を出して師匠の形を破る事ができる。そして、いつかは、人によって違う部分の中で、今までなかった形を生み出し、自分の形をつくることができるようになる。それが拳の三訓「守・破・離《ですね。そしてこのどの段階にあっても決して変わらないもの、「同じもの《をきちっと中心に据えていなければならないのです。
 人によって違うものと共通するもの、国や民族によって共通するものと異なるもの。それらをきっちりと認識し理解し尊重する事によって、よりよい人間関係を築く事ができるのです。

5、グローバルな視点で世界と身の回りを見つめ

 人は往々にして、異なったものや人を目にすると、その違いにばかり目を奪われてしまいます。違いが目に付くから、その違いを恐怖に感じ、同化しようとしたり、排除したりするわけです。日本が占領地で行なった日本人化教育や、人種差別などがそれに当たるでしょう。今も、どこぞの国では、他国の文化的違いを容認できず、民主化を強制的に推し進めようとしていますね。実際人権というものの見方をすれば、おかしな事やあってはならないと思われるような事も、世界中に数多く存在します。でも、それらを一方的な文化のメガネで見て、強制的に変えさせようとする事は、少し横暴ではないでしょうか。その国の人たちが自国の風土や文化をもとに、自ら変えていくべき事であって、他国は、助言を与える事はできても、強制するべきではないと思うのです。私たちは違った文化とであったときに、違いばかりに目を奪われず、その共通点をしっかりと押さえておかなければなりません。去年ネパールに行って、その事を強烈に感じましたし、アフガニスタンやルワンダの問題に取り組んでみても、やはりそのように感じています。

6、ダーマによって生かされて生きる喜び

 私たちは、だれでもダーマの分霊を持って生まれてきています。かけがえのない尊い命、魂を授かって生きているのです。生かされている喜びを実感し、より良く生きるために努力しましょうね。「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを《この言葉を、自分自身の本当の思いとして行動に移すことが、何より大切な事なのです。

7、金剛禅門信徒の最低限のモラル「殺すな、差別するな、抑圧するな《

今、このきな臭い状況にあって、いろいろな議論がなされています。そんな中で最近力を持って語られている事の一つが、「戦争は必要悪である《という考え方です。「戦争をしたくないし、してはいけないということは、誰でもわかっているが、国際政治の中では、しなければならない事もある。《といったものです。世界の平和のためには、一部の犠牲は仕方がないというのです。果たしてそうでしょうか。いろいろな違いを持った人たちが、様々な考えの中で生活を営んでいます。私たち金剛禅門信徒は、「殺すな、差別するな、抑圧するな」という最低限のモラルだけは踏み外さないでいたいと思います。

以上

 なお、このWEBサイトは、当道院平泉雅章拳士の企画製作により運営されています。この場を借りて感謝を申し述べます。

(宗)金剛禅総本山少林寺大館三ノ丸道院

道院長   小 林 佳 久

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