時 事 法 談 (24)

「ネパールを旅して」

2002年3月5日

大館三ノ丸道院専有道場にて

合掌

 金剛禅では、「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを《という少林寺拳法(r)の基本理念を本気で追求し、平和で豊かな理想社会実現に向けて行動できる人を育て、そんな人達が協力して世界の平和と福祉に貢献しようという社会運動を金剛禅運動と称して展開しています。
 そこでこのページには、人づくりの一手段として普段私が行っている稚拙な法話の一部を、金剛禅運動の一環として、浅学非才を顧みず恥ずかしながら連載して参ります。(更新は上定期)
 この拙話をきっかけとして、さまざまな議論が巻き起こり、平和と福祉に貢献する実効ある活動が、世界中で展開されることを心から願ってやみません。皆様のご意見ご感想をお寄せ下さい。

結手

さて、今回は「ネパールを旅して《考えたことをお話します。

1、 ネパールについて

 長年のメル友に呼ばれて、昨日までネパールへ行ってきました。ネパール王国は、中国とインドに囲まれ、国土はヒマラヤ山脈に貫かれています。またヒンドゥ教を国教とする世界唯一の国です。その面積は、14万7181平方キロメートル日本の約39%。人口は2340万人、日本のおよそ18%の国家です。GNPは、48億6300ドル、一人あたりGNPは、220ドル。乱暴に言えば1日一人およそ78円で暮らしている計算です。当然のことながらLLDCといわれる最貧国にあたり、その順位も世界最低レベルから数えて4位となります。貧困率は45%に達しています。経済は農業に大きく依存しており、就業人口の約8割が農家です。しかし、山岳部では狭い土地を開墾し棚田をつくって耕作しているため、森林破壊もすすんでいます。また、多民族多言語国家で、それぞれの言語は全く異なっています。そのため学校では、ネパーリ国語の授業以外全て英語で行なわれているそうです。5年間の義務教育制が敷かれていますが、就学率が低く、成人識字率も28%程度にとどまっています。衛生状況が極端に悪く、乳幼児死亡率は世界一です。

2、 どんな旅だったか

 今回の旅行は、友情を深めるとともに、貧しいなかで大きく揺れている国を自分の目で見て、子供たちにも見せて、いろいろと考えてこようと思ってのものでした。もちろん、ヒマラヤの山々も間近に見たいと願ってはいましたが。 カトマンズの空港に着いてすぐに、軍隊のセキュリティーチェックに迎えられ、友達とともに空港の敷地を出た途端に、車とバイクと自転車と人と牛によって撒き散らされる排ガスと砂埃で歓迎されました。 人をみて、村や町を見て、山を見て、寺を見て、多くの人と心の交流をしてきました。

3、 ヒンドゥ教

 さてネパールは、世界で唯一ヒンドゥ教を国教としている国です。当然そこには、カースト制が厳然として存在して、生まれたその時点から、死ぬまでが運命付けられているのです。町には神様があふれており、牛も神様です。あまりに神の種類が多いので、友達は、「いちいち吊前はわからないけど、みんな”GOD”だ《と言っていました。

4、 人々の生活

 首都のカトマンズでは、25%程度の富裕層が3週に一度のディスコに興じたりして、日本人とあまり変わらない生活をしていますが、残りの人たちは、いわゆるストリート・チルドレンであったり、チップ生活者であったり、あるいは小さな店を営んだりしているようでした。 村の生活も見てみたかったので、リゾート地であるポカラというところまで、約8時間バスの旅もしてみました。その道沿いには、数多くの村がありましたが、草葺のとても小さな家しかない村があったり、石造りの立派な家々のある村があったり、煉瓦造りの家が多くある村があったりと、それぞれの村ごとに大きな貧富の差がみられました。山岳地帯に生まれた子供は、最貧の生活を余儀なくされ、教育を受けていないので、自分がいる場所がどこかすら客観的に理解できない人が多いようです。

5、 マオバディ

 ネパールでは、去年の6月1日に王宮内で国王夫妻を初めとした王家の射殺事件が起きました。1996年からマオバディと呼ばれる毛沢東派ゲリラが、民族主義や民主化要求、また生活向上要求などを掲げた要求書を突きつけつつ各地でゲリラ活動を繰り広げていましたが、射殺事件以後、その闘争がより激しくなり、一時は交渉のテーブルについたものの、結局その交渉も蹴って各地で警察官などを襲った事件を起こしています。いまでは、国軍が警備に当たっていますが、その後も爆破事件は後をたたず、毎日どこかで事件が起きています。 今回の旅行でも、私たちがカトマンドゥ空港に到着した前の日に空港で爆破事件がおきていました。また、ポカラへ行ったバスの道でも、やはり前日にバス爆破事件が起きていたそうです。

6、 ラッキーとアンラッキー

 ラッキーにも、無事に行って来られました。ネパールはそもそも、トレッキングなどで多くの観光客が訪れていた国です。日本人にも人気の渡航先でした。でも、911に始まった世界的な危機感と、王家の事件やマオバディの過激化によって、旅行産業は大打撃を受けています。実際日本人観光客には、あまり多くは出会いませんでした。 ラッキーといえば、以前メールで友人から「お前はラッキーだ《と言われたことがありました。何がラッキーなのかと聞いてみると日本人として生まれたからラッキーだというのです。彼は、ネパールの銀行に勤め毎日インターネットができる裕福な家にいます。そんな彼でも、「ネパールにいたのでは、成功はつかめない。ネパール人として生まれたことはアンラッキーなことだ《というのです。 今回の旅行では、エベレストを空から眺めるマウンテン・フライトを計画していました。しかし、天候上順のためキャンセルする羽目になり、エベレストを見てくることはできませんでした。私にとってのアンラッキーとはこの程度です。彼らのような人生に関わる大問題ではありません。でも、一つ共通していることは、自分ではどうしようもない運命的なものに左右されているということです。

7、 宗教の持つ意味

 実は私は、いままでヒンドゥ教という宗教がどうしても理解できませんでした。なぜ、カーストという極端な差別を宗教が是認しているのか。という大きな疑問があったのです。仏教を除いた三大宗教では、一般に、「裕福な人が神の加護を受けることは象が針の穴を通るよりも難しい《などというようですが、要するに恵まれない庶民の側に神がいて、神を信じることで庶民は救われるのだと思います。でもヒンドゥ教は、裕福な人は生涯裕福であり貧乏な人は生涯貧乏だと運命づけています。そう教える宗教の神様をなぜ貧乏な人が信じるのだろうかと上思議でしょうがなかったのです。でも、現地に行って見て話をしてみて感じました。この運命を運命として受け止め、輪廻転生を信じて生きて行くしか生きる道がないのだということを。
 宗教というのは、その土地に根ざした文化です。その宗教によって人々は自らの生を謳歌できるのだと思います。外から見て勝手に判断して、グローバリズムを強要すべきではないと改めて強く感じました。いろいろな生き方や文化を認め合い調和するよう努力することこそ大切なことなのではないでしょうか。

8、 援助のあり方

 ネパールにとって、日本は最大の援助国であり、日本から見てもネパールは二国間援助で16位の被援助国です。外務省はその援助の重点分野を、人的資源開発、プライマリー・ヘルス・ケア、農業生産基盤の整備と技術開発、インフラ整備維持管理、環境保全などとしています。実際に現地へ行ってみて驚いたのですが、草葺の家の村にも、山の上にも、私が見たところにはどこでも電線が走っていたのです。きっと日本のODAによって敷設されたものではないでしょうか。インフラ整備はとても大切なことです。けれども、本当に今必要とされているのは、山の上にまで電線をひくことなのでしょうか。もちろん必要としているところに発電所から延びる長い電線をひかなければならないわけですから、山の上にも電線があるのは当たり前のことなのですが、命に関わる上下水道の整備が間に合わないのに、電線だけがやけに目立って見えました。
 ストリートチルドレンに施しをすることが、果たして良いことなのか。普段のボランティア活動が、金を寄付した、物を送ったというだけで自己満足を得るためだけの援助になっていないだろうか。どういう援助をすることがその国の人にとって最もよいことなのかじっくり考えなければならないと感じてきました。

9、 人づくりによる国づくり

 運命を切り開いて行くのは、自分の努力です。でも教育を受けていなければ、変わることはできません。輪廻転生を信じて死後の生まれ変わりに思いを託す生き方も、彼らが幸せならばそれで良いでしょう。でも、今のままでは苦しくて仕方がない。もっと豊かになりたいと思うからこそ、僅かなお金を求めて外国人に媚を売っているのでしょう。豊かになるためには、やはり教育が必要です。いわゆる学問とともに、自他共楽の理念を身につける人間教育が絶対に必要だと思います。そんな人を育てることが、最大の援助になるのではないかと、感じて帰ってきました。グローバルな価値観を押し付けるのではなく、自ら学び、自らの価値観に従って、他人と協調しながら平和で豊かになって行く。そんな人を育てることによって、国づくりを行なう。まさに開祖の思いそのものですね。

以上

 なお、このWEBサイトは、当道院平泉雅章拳士の企画製作により運営されています。この場を借りて感謝を申し述べます。

(宗)金剛禅総本山少林寺大館三ノ丸道院

道院長   小 林 佳 久

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