時 事 法 談 (14)

「ルワンダ平和再構築への道」

2001年5月3日

大館三ノ丸道院専有道場にて

合掌

 金剛禅では、「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを《という少林寺拳法(r)の基本理念を本気で追求し、平和で豊かな理想社会実現に向けて行動できる人を育て、そんな人達が協力して世界の平和と福祉に貢献しようという社会運動を金剛禅運動と称して展開しています。
 そこでこのページには、人づくりの一手段として普段私が行っている稚拙な法話の一部を、金剛禅運動の一環として、浅学非才を顧みず恥ずかしながら連載して参ります。(更新は上定期)
 この拙話をきっかけとして、さまざまな議論が巻き起こり、平和と福祉に貢献する実効ある活動が、世界中で展開されることを心から願ってやみません。皆様のご意見ご感想をお寄せ下さい。

結手

さて、今回は「ルワンダ平和再構築への道《と題して行なう「開祖デー《について、考えてみたいと思います。

1、 「開祖デー」でルワンダを取り上げる理由

 今年の「開祖デー」は、少林寺拳法秋田県北ブロックが主催して、「写真展:ルワンダ平和再構築への道・・・虐殺の復讐はしない・・・」を5月27日(日)に行ないます。  今年度の開祖デーで、なぜルワンダの問題を取り上げるのか、そのあたりからお話をしたいと思います。 当初は(財)少林寺拳法連盟大館三ノ丸支部が、次の四つを目的としてこの企画を立てていましたが、より大きな広がりを求めて秋田県北ブロックが主催することになりました。 その四つの目的とは、まず、ルワンダの現状を広く大館市民に伝え、平和を再構築するために行なっているARC(アフリカ平和再建委員会)http://www2.gol.com/users/intrband/arc/home.htmというNGOの活動を物心両面から支援すること。また、拳士自身がルワンダの現状を認識し、平和で豊かな理想境実現への道を考えること。そして大館市民に、自他共楽の理念を持つことの重要性を訴えかけること。最後に地元商店街の活性化に貢献することの四点です。これらの目的を達成するために、写真をパネル展示し、その写真や少林寺拳法の理念についてOHPを使って解説し、また演武を披露することにしています。そして、ルワンダの女性が自立のために製造販売しているバナナ・リーフ・カードの販売もARCに代わって行ないます。「開祖デー」当日は、今日5月1日にルワンダから日本に帰ってこられたばかりのARC事務局次長にチューターを務めていただく予定です。 本来この活動は、金剛禅運動そのものですから、宗教行事として行なうべきかもしれません。けれどもあえて支部の連合体で行なうのは、この企画をより多くの人に見ていただくことが大切だと考えたからです。道院の連合体で主催する行事は、当然ダーマ信仰にもとづき、信仰を布教するための活動となります。そうなると、門信徒かあるいはまたはダーマ信仰に興味を示す人というごく限られた人たちにしか訴えかけることが出来ません。ですから、今回の活動では信仰の如何を問わず、「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを《という少林寺拳法の基本理念を広めることを目的に幸福運動の一環として行なうことにしました。  ただし現実には、人は一般に、「己がない人」でない限り、利害が絡むか、信仰のような大きな力がないと行動を起こしません。理念だけでは、人は動かないのです。利害を越えて人の行動にベクトルを与える「宗教《は、場合によってはその理解の仕方などによって「己しかない人」を育てることも多々あります。だからこそ、自他共楽を考えて行動する人を育てるために、正しい信仰を正しく布教することが極めて重要であると私は考えています。 そんな意味で今回の活動は、広く市民に知っていただき、考えていただくきっかけ作りの場であると位置付けています。まずは、知るところから、分かるというところから始めようと思います。そのうえで今日は、金剛禅門信徒の皆さんと、より深く突っ込んでこの問題を考えてみましょう。

2、 アフリカについて

 それではここで、アフリカについてみてみましょう。アフリカは日本にとって、地理的にも心理的にも、そして政治的経済的にも、最も遠い地域ではないでしょうか。対外貿易、対外投資ともわずか1%の存在でしかなく、人的交流もごくわずか、ODA中心の関係であるといえます。 そのアフリカの力を見てみると、国連加盟189カ国のうち、47カ国がアフリカにあり、なんと25%にもなります。面積も2千4百万平方キロメートルあり、これは世界の20%を占めます。そして人口も、60億の全人類に対して5億8千数百万人で、全世界の10%弱となります。これに対して経済力は、世界の総GNPが29兆ドルあるのに対して、アフリカ全土で3千億ドルと約1%しかありませんし、一人あたりのGNPが1280ドルに満たない低所得国と規定されている国が、41カ国あります。一人一日1ドル以下で暮らしている国が26ヶ国もあることは驚異的です。またインターネット・ホストの数を見ると世界の0.25%にしかならないのです。その上外務省が出している「海外危険情報《で[注意喚起]以上のランク付けがされている国は、47カ国中なんと32カ国にも上ります。 けれどもアフリカは地球上で最も豊かな命を育む土地の一つです。また、天然資源も豊富にあります。これらの貴重な財産を活かせないでいるのは、人類史上最も大きな汚点であるヨーロッパ諸国による奴隷貿易と椊民地支配の犠牲になったことが、最大の理由といえましょう。

3、 ルワンダの歴史

 ここで、ルワンダについてみてみたいと思います。ルワンダは、19世紀の末頃ドイツの保護領となり、その後1916年にベルギーの委任統治となります。それまでルワンダでは、牛を飼うTutsisというグループが王家と王宮を治め、その他の地域にHutusというグループが農業を営んで平和に暮らしていました。しかし、ベルギーは、領土を統治するための方策として、この二つのエスニックグループを明確に区分し、15%のツチ族が84%のフツ族を支配する制度を確立しようと画策しました。1959年にムワミ王が死去すると、フツ族の有力な首長を排除してツチ族が政権を握りました。 アフリカの年といわれる1960年にはフツ族が反乱を起こし、1962年にベルギーから独立を果たして、フツ族からカイハンダ大統領が誕生します。  しかし、1962年にツチ族が軍事的な反攻に出ます。それに対して1963年から人数で勝るフツ族の逆襲が始まり、ツチ族の1万人が死亡し、10万人が近隣諸国へ亡命しました。 その後、1973年にフツ族のハビャリマナ国防相がクーデターを起こし、翌年大統領に就任しました。しかし彼は独裁政権を作ります。 それに対して、1987年に、ウガンダなどに逃れていたツチ族は、ルワンダ愛国戦線(RPF)を結成し、1990年にRPF1万人がウガンダから侵攻して内戦が勃発します。 1991年には、ハビャリマナ政権とRPFは「和平《「権力分有《「PKO派遣《を決議しました。ところが、そのころハビャリマナ政権では、「千の丘自由放送《でフツ族を扇動し、民兵を訓練したり、武器を輸入していました。1994年には、軍や民兵がバリケードを作り、検問で民族を記した身分証明書を検査してツチ族であれば殺害していました。その後、ハビャリマナ大統領が撃墜死すると、その報復と称して一斉にツチ族を虐殺しました。その数50万人とも80万人ともいわれています。 やがてRPFが全土を制圧すると、報復を恐れたフツ族の200万人以上が周辺諸国へ流れ出ます。それを追って越境してきたルワンダ軍によって、24万人が虐殺されました。また、難民キャンプではコレラが蔓延して多くの犠牲者が出ました。 その後、RPFは、フツ族のビジムンク大統領を立てて国民統一政府を樹立しました。けれども、1998年には、ツチの虐殺犯をフツ族が報復のために公開処刑をしました。最近ではようやく、国際機関やNGO等の援助支援によって、難民帰還・再定住、インフラ整備、経済再建などが大分解決してきています。そしてとても多くの虐殺犯が囚われて裁判を待っていますが、司法や警察に関わる人たちの多くが虐殺されていることと、裁判所などが破壊されているために、このままのスピードだと全ての裁判が終わるまでに200年かかるだろうといわれています。 2000年には、この状況を打破するために、ルワンダで古くから行なわれていたGacaca(ガチャチャ)というインフォーマルな紛争調停制度を正式な司法制度に取り入れて裁判が行なわれはじめました。 民族間の相互上信が虐殺時と変わっていない今のルワンダで、殺しあった人々の心の和解を目指して、民族が再融和するための活動をARCが多くの団体や機関と協力して行なっています。

4、 グローバルに考えてローカルに行動する

 このルワンダの出来事は、遠いアフリカの問題ではありますが、よく考えてみると同じ人間のすることですから、我々の身近で毎日発生している様々な問題と、根っこのところでは何も変わることがありません。 学校や職場でのいじめ、校内・家庭内暴力や社会での暴力、児童・幼児虐待、門地・性・年齢・障害などによる差別や対立、宗教や主義主張による対立など、数え上げればきりがありませんが、人と人との対立は、結局どんなに小さなことも、またどんなに大きなことでも、全て「自分(達)しかない心《によって生み出されているのです。 グローバルな考え方をしてローカルな問題に対処していくことが、金剛禅運動の基本であると思います。まず自分の周囲から理想境を実現させるべく努力することが、結果的に世界の平和に結びつくと信じて活動していきましょう。

5、 愛民愛郷の精神、慈悲心と正義感、勇気と自信と行動力

 真の勇者として平和で豊かな理想境を建設しようという、ダーマ信仰にもとづいた使命感を持って生きるためには、易筋行の修行によって、愛民愛郷の精神を培い、慈悲心と正義感を養い、勇気と自信と行動力を育てることが大切です。世界の平和と福祉に本気で貢献しようと思うのならば、日々の修行に真剣に取り組みましょう。 また、もし信条の一言一言に本気で取り組もうと思えていないのであれば、そう思えるまで真剣に修行してください。本当の意味でダーマを信仰することが出来たならば、必ず理想境建設に向けて歩き始めるはずです。

6、 半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを

 ところで、少林寺拳法の基本理念であるこの言葉のうち、「幸せ《というものを私はよく尊厳という言葉に置き換えて説明しますが、今日は利益という言葉に置き換えて考えてみましょう。 最初に自分自身の利益を利己的に最大限に追求しようとしてみましょう。すると他者の利益にも目を向けなければ必ず矛盾が生じます。「自分さえ良ければよい」という考えでは、長い目で見ると必ず自分にも上利益がかかってくることが分かるはずです。つまり自分の利益を求めれば、必ず他者の利益も求めざるを得なくなるのです。 先にも述べたように人は、一般に利害が絡まないと行動をしないものです。出家でもしない限り、本当に清らかな生活等というものが送れるはずもありません。どんなに素晴らしい教えをもってしても、在家のごく一般の人が厳しい戒律を守りとおして生きることなど到底上可能ともいえます。でも、自分の利益を追求するために他人の利益も考えようということなら、できるような気がしませんか。自分を捨てて他人のために尽くすことは出来なくても、自分のために他人を思いやることはできると思います。人が行動をおこす動機となる「利益《を活用すれば、現実的に平和な社会がつくれるのではないでしょうか。 ルワンダでは今、ツチ族とフツ族がともに協力して平和を再建し経済を立て直すことによってのみ、自分たちの利益が確保される状況にあります。このことを国民の多くが理解すれば、きっと平和で豊かな国づくりが成功すると期待できます。  ただし、その前に虐殺に関わった人たちを司法の手で裁く必要があります。開祖は、「許すことができるのは、力を持っている人だけに許された特権である《と仰っています。司法という大きな力を国民が持ったときにはじめて、過去の忌まわしい出来事から立ち直ることができるのではないでしょうか。Gacacaであっても、近代司法であっても形はどうであれ、罪を犯したものを正当に裁くことができるようになれば、被害者にとって大きな救いになると思います。また、加害者にとっても罪を償うことによって、精神的な救いを得ることになるでしょう。また今現在の問題として、私刑や復讐が行なわれない警察力も必要です。身を守ることが出来て初めて他者を思いやる余裕が生まれるのですから。 話は飛びますが、「人は利益のためにのみ動く《ということを考えると、日本でよく行われている援助のあり方も考え直さなければならないと思います。  私は、阪神大震災をとおしてあることを学びました。震災の時には、すぐにでも手伝いに行きたかったのですが、事情が許さず、数ヶ月後にようやく現地を訪れることが出来ました。そこで考えさせられたのは、援助物資に頼り自ら働こうとしない若者の姿でした。被援助国のなかでも紛争等の問題が起こる前までは勤勉に働いていた人たちの中に、働かなくても援助物資が届くようになると、働く意欲を失う人たちが出現するそうです。 開祖は、「一生の面倒を見られないのならば、一時的な援助など却って迷惑だ《と仰いましたが、まさに自らの利益のために働くという意欲を喪失させる行為にもなり得るということを心しなければなりません。 押し付けの援助でない素晴らしい活動をしているARCを、このような形で応援できることに私は誇りを感じています。皆さん、「開祖デー」当日は、よろしくお願いしますね。 今世界中で起きている問題のほとんどは、政治の権力をもった者の「己しかない心《から生み出されたものです。でも、その問題を解決するのは、己の利害を超えた強い動機付けのある人たちの行動力なのです。正しく物事を見る目を養い、ダーマ信仰にもとづく強い使命感を持って、世界の平和と福祉に貢献していきましょう。

以上

 なお、このWEBサイトは、当道院平泉雅章拳士の企画製作により運営されています。この場を借りて感謝を申し述べます。

(宗)金剛禅総本山少林寺大館三ノ丸道院

道院長   小 林 佳 久

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